インド発展へ日印協力を

大塚啓二郎 政策研究大学院大学教授

 

1991年以来、調査のために何度も中国を訪問した。よく覚えていないが、30回くらいであろうか。この間に、インドも10回程度訪問した。両国とも目を見張るような発展ぶりであるが、その経済発展のパターンは大きく異なる。両国を訪問しながら、いろいろなことを考えさせられた。これはいい勉強になった。それを総括した記事が、日本経済新聞の「経済教室」に掲載されたので以下でそれを紹介したい。気の向くままに書いた面がないわけではないが、かなりの部分は実証研究の裏付けがあるつもりである。

<以下、2013年1月13日付け日本経済新聞朝刊「経済教室」より転載>

〇 従来のインド経済発展の中心はIT産業

〇 従来の発展がこのまま持続可能か疑問

〇 中国製造業のGDPシェア減はチャンス

   5年ぶりにデリーを訪問し、その変貌ぶりに驚かされた。世界でも屈指の立派な空港ビルができ上がっており、街は建築ブームで地下鉄も延長工事が進んでいた。しゃれた店もずいぶんと増えた。その活気と雰囲気は、1990年代後半の中国を見ているようである。車を持つ人々が急に増えたために交通渋滞はすさまじく、それは中国以上である。大気汚染もひどく、これは中国並みである。

   世界銀行が発表している物価調整済みの一人当たり国内総生産(GDP)を比較すると(表参照)、90年時点ではインドと中国の間にほとんど差はなかったが、2010年には中国がインドに倍以上の格差をつけた。この間、中国の一人当たりGDPが年率9.4%で成長してきたのに対し、インドは4.8%にすぎなかった。しかしインドの成長率は加速しており、2000-10年の平均成長率は6.0%に達している。もしこのスピードでインドが発展すると、約14年で2010年の中国の水準に追いつくことになる。しかし私は、インドの潜在成長率はこれよりはるかに高いと思っている。

   なぜインド経済が、これまで順調に発展してきたのだろうか?それは、ソフトウェアの開発を中心とするIT(情報技術)産業が発展しているからである。表に示したように、インドのサービス産業のGDPシェアは中国よりはるかに高く、かつ増加している。

   ITを駆使した近代的なサービス産業は、政府の規制に煩わされることもなく、優秀な人材を吸収している。このことが、製造業の発展を中心に成長してきた中国と決定的に違うところである。IT産業はバンガロールでまず発展し、それがハイデラバードやデリー公害グルガオンに近いプネでも大発展を遂げている。  サービス産業で働く人々は教育のある高給取りであり、100%の高関税を気にすることもなく、自家用車を購入しているのである。だからデリーでは、交通渋滞がひどいのであろう。

中国に代わる拠点・市場に

   しかしこうしたインドの発展が、そのまま持続可能かどうかは疑問である。

   インドでは12億人を超える人口の60%が農村に住んでおり、農村では一日1.25ドル以下で生活している極度の貧困者の割合が30%を超える。自作農や小作農の下に、さらに土地なし農業労働者という最下層の人々が多数いる。IT産業を中心にした経済の発展では、こうした貧困層の人々にまで恩恵が行き渡りにくい。製造業の発展をスキップして、農業国からいきなりサービス産業立国へと移行することは、大きな社会的摩擦を生まざるを得ない。

   インドの穀倉地帯であるパンジャブ州では、大型機械の導入が進行中であった。こうした機械化は、農村労働者の都市への移住を加速させることになる。それでは果たして、都市に雇用の受け皿があるだろうか。雇用吸収力の大きい製造業が都市で発展していないことが、インドの持続的な発展の足かせとなるように思えてならない。インド政府は、今後10年間で製造業の発展によって1億人分の雇用を創出するという政策を発表しているが、これは具体策に乏しく、掛け声にとどまっているように私には思われる。

   中国に進出している多くの日本企業は、賃金の高騰、社会不安の高まり、金融セクターの脆弱性に直面し、なおかつ日中の政治的対立のあおりを受けて、中国以外の新しい生産基地を模索中である。もちろんミャンマーは有望な候補地であるが、インドにはそれ以上の魅力がある。中国と同じように、市場が拡大しており巨大市場としての魅力がある。

   安い労働者とともに、能力の高い労働者がいる。英語ができるから、コミュニケーションが取りやすい。スズキのデリーの工場には、5千人の従業員が働いているが、日本人は10人しかいないという。これはインド人の中には、日本企業で管理職になれるような優秀な人材がいるからであろう。

製造業の育成が課題

   インド経済には欠点もある。第1に、インフラが貧弱なことである。デリー~ムンバイ間に貨物専用鉄道、ムンバイ~アメーダバード間に高速鉄道の建設がそれぞれ予定されていることは歓迎すべきである。しかし産業発展のためには、もっとすることがあるはずだ。

   デリーの郊外に、ガンディナガーという世界最大規模のアパレル産業の集積がある。10人から20人程度の従業員規模のきわめて零細な企業が、おそらく2万社くらいある。ところが道が狭く、道の中央にはオートバイが駐輪しており、その横を多数の自転車が材料や製品を運んでおり、さらにその横を歩いて物を運んでいる人が無数にいる。歩道の混雑具合は、まるでラッシュアワーの新宿駅のようである。中国の地方政府がしたように、インフラの整った工業区を建設して企業を誘致すれば、それだけでこの産業集積は大きく発展するだろう。

   実はインドには、おびただしい数のアパレル、革靴、自転車、灌漑(かんがい)用ポンプなどの産業集積がある。ただし産業集積で活動している企業の多くは政府に登録しておらず、税金も払っていない。こうしたインフォーマル(非公式)な企業の生産活動が政府に報告されていないために、インドのGDPは相当な過小評価になっていると思われる。

   第2の問題は、中小企業に対する規制である。従業員が20人を超えると、労働時間や賃金等の労働条件の規制が厳しくなる。だから、中小企業経営者は、自分の企業を大きくしようとする意欲がない。もしこうした規制を解除すれば、中小企業は大きく成長するであろう。従業員規模の拡大が、企業の損失になるような規制は再検討されなければならない。

   第3の、そしておそらく最も深刻な問題は、インドは海外から学ぼうという意欲に欠けていることである。周知のように、日本も、韓国も、台湾も、中国も必死になって海外から技術や経営のノウハウを学びながら成長してきた。最近では、インドの隣国のバングラデシュが、海外の技術的・経営的知識を導入しながら工業化に成功しつつある。インド人はプライドが高いせいかこの点を見逃している。

   インド政府は、日本の国際協力機構(JICA)の技術協力にもあまり大きな関心を示してこなかった。JICAの技術協力は、東アジアで絶大な効果を発揮した日本のお家芸である。これを無視していたのではインドの製造業の将来は明るくない。

   とはいえ、最近ではインド側も日本的経営に興味を示しはじめている。JICAが進めている「製造業幹部育成支援プロジェクト」という経営者向けの日本流のモノづくりやリーダーシップ論・企業経営論などの指導は、インドできわめて好評であるという。

 

   表に示したように、中国では製造業のGDPシェアが減少に転じている。これは、日本や韓国がかつてたどってきた道である。ということは、中国以外の国々の製造業に発展のチャンスが巡ってきたということである。

   インド人の日本人に対するイメージは、すこぶるいい。頼りになる友人だと思われている。どうしていいかわからないだけで、インドも製造業の発展に興味はある。他方、日本の製造業は、中国に代わる生産基地を探している。今こそ日本とインドのリーダーたちが、腹を割って話し合い、相互の利益になるようなインドの製造業の発展戦略を練るべきである。

   これは、真の日印友好を実現する絶好のチャンスでもある。今月下旬に予定されている安倍晋三首相の訪印をきっかけに、新たな日印関係が構築されることを期待したい。

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おおつか・けいじろう 48年生まれ。シカゴ大博士。専門は開発経済学

インドと中国の一人当たりGDPと産業構造

  一人当たりGDP     (2005年US$) サービス業の
GDPシェア(%)
製造業の
GDPシェア(%)
  1990年 2010年 1990年 2010年 1990年 2010年
インド 1,210 3,073 44.5 54.4 16.2 14.9
中国 1,101 6,819 31.5 43.4 32.7 29.5