機能する民主主義 - 南アフリカの「2016地方選挙」をめぐって

機能する民主主義 - 南アフリカの「2016地方選挙」をめぐって

峯 陽一(同志社大学)

 

<選挙政治の定着>

8月3日、南アフリカ共和国で一斉に地方自治体選挙が行われた。大小200の政党に所属する6万人を超える候補者が、総計8640議席を争った。スタジアムや集会場で無数の集会が行われ、新聞やテレビは繰り返し特集を組み、各政党の活動家は有権者宅をさかんに戸別訪問し、携帯電話には投票を訴えるSMSが届く。筆者はたまたまケープタウン大学の客員教授として当地に滞在しているのだが、宿舎の真向かいの高校が投票所になっており、朝7時から夜7時まで様々な人々が一票を投じにくるのを観察できた。好みの政党のTシャツやスカーフを身につけた若者たちも目立った。

南アフリカは、新興国グループBRICSの有力な一角を占める。同国の住民の多数派の黒人たちは、肌の色だけを理由として市民権を奪われてきた。1994年にアパルトヘイト(人種隔離体制)に別れを告げた同国において、全国民を包含する民主主義が定着し、自由で公正な選挙が日常の光景になったことは、本当に感慨深い。2016年の今、ここでは選挙ボイコットも軍事クーデターもありえないのだ。

 

<主要なアクター>

議席の大部分を争った3つの主要政党について、簡単に説明しておこう。与党のアフリカ民族会議(ANC)は、1912年設立のアフリカで最も歴史が長い民族解放運動である。獄中でANCの精神的支柱となったネルソン・マンデラ大統領が退いた後、タボ・ムベキ大統領は市場経済重視の政権運営を行ったが失脚し、2009年には共産党と労働組合の支持を受けたジェイコブ・ズマが大統領に就任した。しかし、ズマは数々の汚職やスキャンダルに見舞われ、在任中は経済成長も低迷している。選挙準備期間には、地方選挙の候補者を含むANC活動家が組織内の路線対立がらみで殺害される事件も相次ぎ、緊張が走った。ただし、人口の8割近くを占める黒人のなかで最も人気が高い政党であることに変わりはない。シンボルカラーは黄色。

最大野党の民主連合(DA)は、アパルトヘイトに反対していたイギリス系白人のリベラル政党が起源だが、アパルトヘイト体制の恩恵を受けていた白人有権者全体を支持基盤に取り込み、続けてカラード(いわゆる混血の社会層)の支持を固めた。しかし、白人とカラードはあわせても人口の2割にすぎないので、多数派の黒人に食い込むことが政党としての成熟の鍵である。2015年、黒人のムシ・マイマネが党首に就任した。シンボルカラーは青色。

さらに第三極として、もともとANC青年同盟議長だったジュリアス・マレマが率いる経済自由戦士(EFF)が頭角を現している。鉱山の国有化や大胆な土地改革などを唱えてズマ政権を左から攻撃したマレマは、2012年にANCを除名され、翌年にEFFを結成した。支持基盤はANCと競合しており、ANC内部の反ズマ勢力と連携している。今回の投票の前日、マレマはムベキ元大統領と会談した。ブルキナファソの革命家トマ・サンカラ風のスタイルで、シンボルカラーは赤色。

与党ANCの支持基盤を、DAが右(市場経済の重視)から、EFFが左(政府介入の強化)から侵食する構図が鮮明になっている。アパルトヘイト撤廃から20年が過ぎた今、これまで一貫して3分の2前後の議席を独占してきたANCへの支持が、過半数を割り込むことになるのだろうか。2019年には国会議員・州議会議員選挙が行われるので、今年の地方選挙はその前哨戦としても大きな注目を集めた。歴史的正統性を有する南アフリカの民族解放運動が下野するとしたら、アフリカ政治全体に与える影響も甚大である。

 

<選挙結果>

では、選挙結果を見てみよう。地方選挙は選挙区制と比例代表制の組み合わせであるが、各政党の議席は全体として得票率に比例するように調整される。3日間にわたる開票作業の結果、政党別の全国の得票率は、ANCが53.9%、DAが26.9%、EFFが8.2%となった(前回5年前の2011年の地方選挙ではANCが62.0%、DAが24.0%で、当時はEFFは存在していなかった)。

地域別に細かく分析すると興味深いことが見えてくるのだが、ここでは大きく二つのことを指摘しておきたい。第一は、過去の選挙との連続性である。ANCは62%から54%へと得票を大きく減らしたが、ANCから飛び出したEFFの得票を合わせると62%のままで、シェアは前回選挙と同一である。DAは確かに勢力を伸ばしているが、全国規模で見ると、支持基盤の3%の拡大を地滑り的勝利とまで呼ぶのは誇張だろう。南アフリカの選挙は「人種別センサス」と言われることがあるが、今回の選挙でも、ANCやEFFに投票した白人はほとんどおらず、DAに投票した黒人も(全国的に見ると)多くはなかった。この構図は今回も継続している。

第二は、連続性のなかの変化である。与党ANCに対する不満が強く、DAの主要な支持基盤である白人とカラードの存在感が強い場所では、ANCの得票は過半数を大きく割り込み、DAが第一党の座を確保することになった。この現象が顕著に見られたのが大都市圏である。DAの得票率は、港湾都市ケープタウンで66.6%、港湾都市ポートエリザベスを含むネルソン・マンデラ・ベイで46.7%、首都プレトリアを含むツワネで43.1%となり、それぞれの都市でANCを抜いて第一党となった。南アフリカ最大の都市ジョハネスバーグでも、ANCの44.6%に対してDAは38.3%と迫った。無敵の強さを誇っていたANCが南アフリカを象徴する大都市の多くで過半数を失うという事態は、衝撃的であった。

 

<都市民の反抗>

都市部におけるこのANCの敗北を、どのように解釈したらよいのだろうか。理由は、都市空間の特徴そのものに求められるだろう。大都市においては、黒人も白人も日々大量の情報にさらされており、コミュニケーションのチャンネルも多様である。成長する黒人中産階級は、白人市民と価値観を共有する面があると同時に、資源の再分配をめぐって白人たちと競合する機会も多い。他方、都市部の黒人貧困層は、高級車を乗り回すようになった黒人の同胞たち(多くはANC関係の人脈で高給のポストを手に入れた人々である)を日常的に目の当たりにし、不条理な格差を実感する。さらに、ANC政府のもとで公共サービスの提供は必ずしも順調でなく、失業率もまた、全国で27%(職を探す意欲を失った者を入れれば36%)に達している。社会関係資本は切り裂かれ、治安の悪化も深刻である。

アパルトヘイトが撤廃されて、何が変わったというのか。与党ANCは「よりよい生活」の到来を約束したのではなかったか。富裕層と貧民とでは怒りの対象が違うが、双方ともに現状への欲求不満が蓄積している。こうして、都市の「怒れる黒人たち」の一定の部分が、あえてEFFやDAに一票を投じることで、ANCを処罰することになったわけである。その一方、農村地帯や地方都市においては、EFFや小政党に多少の議席を奪われつつも、ANCが過半数の議席を確保した自治体が多かった。村の秩序、拡大家族、ボス政治と政党組織のネットワークが重なり合う場所では、個人の投票行動は変わりにくい。

 

<農村と都市の分裂?>

インド系ウガンダ人の政治学者マフムド・マムダニは、名著『市民と臣民』(プリンストンUP)のなかで、植民地時代末期の歴史において、アフリカ社会が都市的な市民社会と農村的な慣習法の社会とに二極分解し、非和解的な対立に絡め取られていく構図を鮮やかに示した。普遍的で近代的な個人原理と伝統的で家父長的な共同体原理がアフリカ社会の内部に埋め込まれ、アフリカ人の心に内面化され、アフリカ人どうしが伝統と近代の戦いを演じるようになるのだ。

キリスト教の布教が進み、村の秩序が破壊されると同時に複雑に再編成されていくという、ナイジェリアのノーベル賞作家チヌア・アチェベが小説『崩れゆく絆』で描き出した構図もまた、このマムダニの問題意識と関連している。2001年、アフリカ通として知られる森喜朗総理が南アフリカの国会で演説した時には、アチェベの小説にまで話が及んで感心したことがある。

農村と都市では政治発展のペースが不均等である。共同体の論理を規範とする農村政治と、市民の論理を規範とする都市政治が衝突すると、社会に大きな緊張が生まれることになる。ヨウェリ・ムセベニ大統領のウガンダがそうであり、ロバート・ムガベ大統領のジンバブエもそうである。どちらの大統領も農村の支持を背景に首都の市民的言論を封殺し、独裁を続け、政治制度は劣化している。農村空間と都市空間の力が拮抗する南アフリカでは、社会の緊張はより大きい。

ズールー人の庶民の家庭に生まれた南アフリカのズマ大統領が農民の心がわかる政治家であることは間違いないが、一夫多妻をはじめとする彼の行動と価値観は多くの都市民の生理的な反発を招いてきた。南アフリカの新聞では、フランスのシャルリー・エブドを思わせる筆致でズマ大統領を風刺する時事漫画がさかんに掲載される。これらを見て溜飲を下げるか、それとも自分が侮辱されたと感じるか。都市民の投票行動の分界線はこのあたりと重なるように思う。都会で生まれ育った若者からすると、ズマのような男が南アフリカの国家元首を務めるのは恥ずかしいということになる。他方、ズマ大統領の支持者の側からすると、DAを支持する黒人は西洋かぶれの裏切り者ということになる。

 

<連立政治の時代>

今回の地方選挙を受けて、南アフリカのいくつかの大都市圏は政党の不安定な合従連衡の時代に入った。小政党や地方政党の動向にもよるが、反ANCの一点ではDAとEFFの連携による過半数獲得が自然であり、イデオロギー的にはANCとEFFの連携が自然だろう。地方自治体の連立の帰趨は国政の将来を占うものになるかもしれない。南アフリカの全国政治において、DAやEFFが単独で過半数を確保する状況は、少なくとも当面は考えにくい(両党の支持率はそれぞれ3割未満、1割未満にすぎない)。ANCが単独過半数を確保できなくなれば、いくつかの党が連立政権を樹立する以外に安定政権の選択肢はない。

連立の時代は、すべての政党にとって大きな試練となる。DAは白人政党時代の価値観を意識的に取り除き、黒人の心をつかまなければならない。EFFは最大限の要求を繰り返すのではなく、実行可能な政策の優先順位を考えなければならない。ANCは汚職を撲滅し、効率的なガバナンスを実現し、都市的な市民のロジックにも気を配らなければならない。それぞれの政党が脱皮しなければ、権力へのアクセスを当然のものとして期待することはできない時代になってきた。

南アフリカは緊張感がある競争的民主主義の時代を迎えている。選択肢が増えたのはよいことだ。有権者は選挙プロセスの公正さを信頼しているので、オリンピックの試合を観戦するのと似たような興奮を感じながら、安心して開票作業を見守ることができる。このような実質的な民主化のプロセスがアフリカ大陸全域に広がることを期待したい。しかし同時に、「伝統と近代の内戦」によって、南アフリカ国家という容器そのものを壊してしまってはならない。これから数十年の南アフリカを見通すときに、筆者がいちばん懸念してしまうのが、この点だ。

今回、選挙結果をめぐる暴力事件は何も起きなかったが、開票期間中、南アフリカの警察は念のため全国で警備体制を敷いた。私も検問で止められた。ライバル政党の支持者の文化コードまで読み解きながら、冷静な政策論争を展開することができるだろうか。これから2019年の国政選挙の正念場に向かって、政党の責任は大きいと言わねばならない。

以上