日本とドイツに学べ

日本とドイツに学べ

佐藤百合(アジア経済研究所)

 

「日 本とドイツに学べ」――どこの話かと思われることだろう。インドネシアである。2016年1月20日に大統領直属の諮問機関として設けられた国家経済産業 委員会(KEIN)は、ジョコ・ウィドド大統領から短期、中期、長期の産業発展戦略を練るように、との宿題を与えられ、いま日本とドイツに学ぼうとしてい る。

KEIN のメンバー20人は、就任式で大統領から訓示を受けた。「KEINの焦点は工業化だ。インドネシアは、コモディティを原料のまま輸出してばかりいるような 国であってはならない。付加価値を生み出す国内産業を発展させて、半製品や完成品を輸出するようになるのが目標だ。」KEINの委員長は、野党から与党に 鞍替えした国民信託党(PAN)の元党首で企業家でもあるストリスノ・バヒル。ストリスノ委員長は、就任当日の記者会見で「日本、韓国、台湾、中国のよう な工業化を目指す」と述べていた。だが、KEINの委員たちは議論を重ねるうちに、目指すべきは工業化において手本となる豊かな経験をもつ日本とドイツ だ、という認識で一致した。そして5月末、KEINとして初めての海外視察先に日本を選んだ。

インドネシアは、工業化の経験をもたない わけではない。1966年に実権を握ったスハルト政権は資本主義諸国から積極的に外国直接投資を誘致する方針をとり、これを契機に1960年代末から工業 化が本格化した。ただ輸出については、1970年代に石油ブームが起きたため、原油が8割を占める産油国型の輸出構造になった。しかし、石油ブームが去る と、工業製品の輸出振興へと舵が切られ、1990年代には工業製品が6割近くを占める新興工業国型の輸出構造へと転換した。1990年代半ばの10大輸出 品目には、世界最大の輸出額となった合板のほか、縫製品、織物、家電製品、天然ゴム製品(タイヤ、ゴム手袋)が、原油、天然ガスとともに並んだ。ところ が、1990年代末から、アジア通貨危機、スハルト政権の崩壊、中国の台頭、資源ブームの到来と、国内外の環境が一変した。資源豊かなインドネシアは、国 際資源価格の高騰に敏感に反応する。あれよという間に、インドネシアは石炭とパーム原油で世界最大の輸出国になり、10大輸出品目はすべて鉱物資源と一次 産品になった。国内企業家は石炭採掘やオイルパーム農園、あるいは新興サービス業への投資に夢中になった。だが、資源ブームは2011年でピークアウトし た。インドネシアの総輸出額は減少に転じ、成長にブレーキがかかった。インドネシアはいま、1980年代と同じような資源依存から工業化への構造転換を、 グローバル経済の文脈のなかで迫られている。

KEINのメンバーは、委員長と副委員長の2人だけが政治家で、あとは企業家・経営者12 人、専門家6人から成っている。企業家・経営者は、有力企業グループ創業者から若手起業家まで、業種も食品、水産加工、繊維、自動車、鉱業からメディア、 レジャー、コンテンツ産業までと多彩である。彼らが各産業の課題を洗い出し、それをもとに専門家たちが一国レベルの産業発展戦略としてまとめ上げることが 期待されている。

とりまとめ作業に中心的な役割をはたす専門家の一人、ヘンドリ・サパリニ女史(独立系シンクタンクCORE Indonesia創設者、国営通信会社テレコム監査役会長)は、KEINが日本から学んで検討すべき点として次の4点を挙げる。(1)インドネシアにお けるこれまでの、そしてこれからの産業発展において、日本からの直接投資が重要な役割を果たすのはどのような点においてか、(2)インドネシアから日本へ の原材料・エネルギー以外の輸出を拡大するにはどのような方策が必要か、(3)日本はどのようにして中小企業と地方経済を振興してきたか、この点で東南ア ジア諸国にどのような支援をしてきたか、(4)日本はどのようにして産業人材を育成してきたか、この点で東南アジア諸国にどのような支援をしてきたか。い ずれも即答が難しい問いである。同時に、インドネシアの政策形成者にとっての悩みどころが表れている。

日本のメディアでは、高速鉄道プ ロジェクトで日本が中国に競り負けたニュースがとりわけ大きく報じられ、ジョコ・ウィドド政権は中国に傾倒しているかのような印象が一時期広がった。けれ ども実態はといえば、政権内部は決して一枚岩ではないし、政権トップはしたたかなバランス感覚の持ち主である。どの部分は中国と手を携え、どの部分は日本 に協力を求め、どの部分では黙して語らず、どの部分では外国勢と距離を置くか、政権担当者はあまたの選択肢のなかから常に何かを選びとっている。その選択 肢のなかで、ここはぜひとも日本に、という声が発せられた時には、日本としてそこに込められたメッセージを的確に真摯に受け止め、なし得るかぎりのことを したいものである。

以上