水・エネルギー・食料連関と資源調査会

水・エネルギー・食料連関と資源調査会

小堀 聡(名古屋大学)

 

環境学関連の文献で近年よく目にする用語に水・エネルギー・食料連関(Water-Energy-Food Nexus)というものがある。これは、水、エネルギー、食料という3つの資源の利用にはトレードオフ(一方を追求すれば他方を犠牲にせざるをえない関係)があることに注目し、その利害関係者間での摩擦の可能性に注意を促すものである。たとえば、発電のために水を使いすぎると農産物や魚介類の収穫高が減少するかもしれないし、一方で農業用水の最大化は工業用水や発電用水を不足させるかもしれない。また、最近注目されるバイオマス燃料の増産も食料の不足を招くかもしれない、等々。そこで今日の環境学では、3つの資源を別々に考察するのではなく総合的に考察することの必要性が強調されるとともに、その最適解がどこにあるか、またそれをどのような手段で実現するのかが、グローバル・ローカル双方の視点から研究されている。

筆者がこの議論を初めて耳にしたときに思い浮かべたのは、今から70年前の日本で設立されたある政府組織であった。それは資源調査会と呼ばれる(正確には、1947年12月設立時は資源委員会。49年6月に資源調査会と改称)。資源調査会に期待された機能は「資源の総合的利用」であった。「日本にとって資源問題の解決は、最も重要なのであるが、その解決にあたっては、個々の限定された見方では、どうにもならない」ため、「各方面の見解を総合的に調整して、お互いの努力を最も効果的ならしめ、重複や相剋を避ける」ことが必要と考えられたのである。たとえば、「水田の生産力を増強するにも河川改修や土地改良、肥料、更に水力電気との巧みな組合せが重要なのであって、他の資源利用を充分考慮して計画をたてる」ことが掲げられた(経済安定本部資源調査会事務局『資源調査会について―昭和22年12月の創立から現在まで3年半の活動概要』1951年7月)。

その実践として、資源調査会は多くの勧告、報告や資料を作成した。最も著名な例は、1949年5月の鉄道電化勧告である。資源調査会はこう考えた。“石炭を蒸気機関車のボイラーで燃焼した場合エネルギー効率は4.8%に過ぎないが、これを電気機関車に切り替えればエネルギー効率は14.5%。つまり、約3倍にまで上昇する。さらに、発電を水力で行なえば、より一層の石炭を運輸から工業へと振り向けられるだろう”。つまり、敗戦4年後の占領下で資源調査会が鉄道電化を提唱した第一の目的は、鉄道輸送の高速化・効率化ではなく、エネルギー利用者間の摩擦の解決にあった。またユニークな勧告に竹パルプ資源の活用がある(1950年11月)。これは結局殆ど実現しなかったという意味では失敗に終わった勧告であるが、資源調査会が竹に注目したのは、竹林がパルプ資源として活用されれば国内の森林伐採が抑制され、国土の保全、農業生産力の維持、水力電源の涵養、洪水の防止などに役立つと考えたからであった。竹の利用が食料やエネルギー増産に寄与すると考えられたのであり、また堤防や予測といった直接的な手段だけで洪水を防止するには限界がある、との発想でもある。

こうした総合的な見解が敗戦直後の一政府機関から公表された最大の動機は、大日本帝国の崩壊によって旧植民地の資源利用が一挙に不可能になったことへの危機感であった。そしてそれゆえに、総合的利用の技術やコスト面でのハードルが認識される一方で、自由貿易下での資源輸入を通じた高度成長への道が1950年代後半に見通されるにつれて、資源調査会の地位は低下し、「資源の総合的利用」の理念は必然的に放棄されていく。60年の国民所得倍増計画は、太平洋ベルト地帯に臨海工業地帯を造成し、海外資源に積極的に依存することを掲げた。経済企画庁総合計画局長として所得倍増計画の作成に尽力した大来佐武郎は、かつて、資源調査会立ち上げの中心的役割を担った人物でもある。

今日の環境学が利用する分析手法は、敗戦直後の資源調査会と比べてはるかに洗練されたものであろう。だが、両者の問題意識には共通する部分も多い。グローバリゼーション化での新興国の工業化に伴って資源制約が地球レヴェルで懸念され、自由貿易では解決できない問題が一層顕在化するなかで、資源調査会が追究した問題意識が、いま改めて復活したとみることも可能であろう。日本の公文書の保存・公開については他国に比べてその貧弱さが指摘されているが、資源調査会が当初所属した経済安定本部の一次資料は国立公文書館デジタルアーカイブを通じて全世界から閲覧でき、このなかには資源調査会の資料も大量に含まれている。また、資源調査会の主要メンバーである安藝皎一の資料約9,000点は横浜市史資料室所蔵「安藝周一家資料」にて、大来佐武郎の資料約37,000点は政策研究大学院大学図書館所蔵「大来佐武郎関係文書」にてそれぞれ公開されている。これらの資料は何れもまだ十分には利用されておらず、今日の環境学の関心などもふまえつつ参照されることで、より豊かな示唆を得られるだろう。

 

【付記】本稿は、2017年7月8日開催の日本学術会議主催学術フォーラム「アジアの経済発展と立地・環境―都市・農村関係の再構築を考える」から多くの示唆を得た。当日の模様は『学術の動向』2018年2月号に収録されている。また、資源調査会については、佐藤仁(2011)『『持たざる国』の資源論―持続可能な国土をめぐるもう一つの知』東京大学出版会、が何よりもまず参照されるべき一冊であり、筆者にも以下の拙論がある。小堀聡(2014)「1950年代日本における国内資源開発主義の軌跡―安藝皎一と大来佐武郎に注目して」『大阪大学経済学』第64巻第2号、同(近刊)「資源調査会再訪」新技術振興渡辺記念会『資源調査会の再評価と現代的意義(仮)』。

以上