「新興国の政治と経済」研究叢書の計画(2)

「新興国の政治と経済」研究叢書の計画(2)

領域代表者 園部哲史

2017年10月9日

 

開発国家論に話を戻すと、日本に続いて台湾や韓国、東南アジアの国々が経済発展を本格化させた結果、開発国家論の対象が広がった。いまやインドやアフリカの一部も長期間にわたり高い経済成長率を維持しているから、この議論の対象に入ってきている。これらの経験を踏まえた新しい開発国家論研究が、これから増えていくであろう。われわれの研究叢書の第3巻はその一つであり、出版のタイミング次第では嚆矢になるかもしれない。従来の開発国家論との違いの一つは、開発国家は一つではなく多様であるという認識にある。例えば、開発独裁の色彩の濃い国もあれば、そうでない国もある。外国資本への依存の程度をみても、外資にほとんど頼らずに先進国になった日本と、他の開発国家の間に大きな違いがある。外国からの開発支援への依存の程度についても、国によってばらつきが大きい。第3巻ではそうした多様性の原因を検討する。

また、開発国家が増えるほど、それについて普遍的な法則性が見つかりやすくなると思われる。多数の国々のマクロ経済変数、教育水準、政治的安定等の推移に関するパネルデータも整備されてきた。本稿前半の話を思い出していただくと、こうした状況の変化は、開発国家論に関心を持つ経済学者を増やす可能性があると言えよう。そのことに勇気づけられたということもあって、筆者は第3巻の編集に参加している。これまでになく経済学を取り入れた開発国家論を作りたいと思っている。

第3巻に経済成長理論を意識した議論を含めるのはもちろんだが、それに加えてコーディネーション・ゲームの研究成果も取り入れたい。コーディネーションというのは、たとえば、下手をすると利害が対立する国内の産業、地域、あるいは企業や労働者や農家が、共通の利益を開発プロジェクトの成功に見出すように仕向けることである。パイが拡大する方向へ利害を調整することだといってよさそうである。

過去30年ほどのコーディネーション・ゲームの研究は、大学生を被験者とした実験室での実験が中心である。そうした実験によって、Win-winの関係にあるはずのゲーム・プレイヤー(すなわち被験者)たちが、たがいに疑心暗鬼に陥って投資や努力をしない「悪い均衡」すなわち「コーディネーションの失敗」に陥りがちであることが確認されている。そして、プレイヤーの間のコミュニケーションやリーダーシップによって、コーディネーションの失敗はかなりの頻度で回避され得ることも確認されている。筆者は、これらの研究成果がコーディネーションの本質を示唆していると解釈しているし、現実の世界のさまざまな場面で成り立つことを実証的に示そうと努めているところである。筆者にとって開発国家とは、市場メカニズムがうまく機能しない場面で、開発のためのコーディネーションを政府が積極的に行う国のことである。

もっとも、政府がいかにコーディネーションに優れていても、民間の側に交易を拡大させる実力と生産性を向上させる実力が培われていなければ、経済は成長しない。従来の開発国家論はこの点を看過していたきらいがある。しかし、民間の実力が何によって規定されるのかについては、古くから工業化のための労働力の不足という視点や、経営者の役割という視点から議論されてきた。また、経済史の研究によると、政府に頼らず、民間による民間のためのコーディネーションが奏功した実例もある。これらの議論と、アジアの開発経験と開発経済学の最近の研究成果も踏まえて、第3巻では民間の能力について新しい議論を提起したい。

国によって、政治指導者と、官僚と、国内の民間企業と、市民と、そして外国資本のうちのどれのどんな力が強いかは歴史的に異なる。また、力を強めるための梃子として、いかなる制度を作られるかについては、さまざまな偶然が伴うであろう。そういったことの結果として、国ごとに国内の相対的な力関係が異なり、それに応じていかなるコーディネーションが効果的であるか、いかなるタイプの開発国家になるかが異なってくる。その関係を考察できると考えている。

第3巻の話が長くなってしまったが、他の各巻の構想については、それぞれの編者の先生方からこのコラム欄でいずれ紹介していただけるものと思う。ここで再び、研究叢書全体と領域全体の話に戻りたい。この叢書の作成を通じて、われわれは独自の新興国論を生み出しつつある。しかし、まだそれをコンパクトに表現できるほどまでには考えがまとまっていない。正直に言うと、この叢書を第1巻から第4巻まで刊行する間に、それができるという見通しもまだ立っていない。

では、この研究叢書と、まだまとまりきっていない新興国論のほかに、本領域全体の成果といえるものは何かあるのだろうか。それについて最後に触れておきたい。この叢書の作成を通じて生まれつつある分野融合のアプローチは、新興国に限らず、例えば気候変動問題や移民問題などの研究テーマにも応用できるのではないかと思われる。そうであれば、本領域の大きな成果になる。また、本領域の若手研究者のなかには、異分野のセミナーに抵抗なく出席し、積極的に質問し、コメントし、報告者と知り合い、共同研究の機会を探る人がいる。こうした融合マインドを持つ若手研究者の成長も、本領域の重要な成果になると思う。

以上