「過去」をたずさえ「未来」へ走る―ミャンマー最大都市ヤンゴンの変貌

「過去」をたずさえ「未来」へ走る―ミャンマー最大都市ヤンゴンの変貌

長田紀之 (日本貿易振興機構アジア経済研究所)

 

ここ数年、ヤンゴンを訪れるたびに町並みの変化に驚かされる。長く続いた軍政が2011年に終わってからというもの、まるでそれまで眠っていた町が起きぬけに走り出したかのようである。以前は鄙びた駅舎のようだった空港は、いまでは国際空港の名に恥じない立派なものになった。規制緩和によって自動車の数がふえ、渋滞が恒常的な問題になった一方、中心部と郊外を結ぶ幹線道路では、主要な交差点に陸橋が建てられ、比較的スムースな交通が回復した。国際水準のホテルや外国企業向けオフィスの需要が急増し、外資の流入もあいまって建築ブームが到来した。供給不足で一時は異常なまでに高騰した不動産賃料も、徐々に落ち着きつつある。とはいえ、建築ラッシュはまだ終わらない。

市内のところどころで進展する大型の建築プロジェクトは、町の景観を大きく変えてゆくだろう。ある区画がフェンスで囲まれて、どこかで見たような完成予想図が貼りだされたかと思うと、いつのまにか高層ビル群が雨後の筍のように生えてくる。そうしたビル群はたいてい、居住棟やオフィス棟のほか、複合商業施設を備えている。ヤンゴンの都市空間は、こうして作られたモジュール的な新街区によって、パッチワーク状に更新されてゆくと思われる。

しかし、こうした「未来」志向の開発は、他方で都市空間に堆積した「過去」とも向き合っていかねばならない。ヤンゴン中心部のダウンタウンは、19世紀後半から20世紀初頭にイギリスが建てた植民地都市に由来している[i]。独立後の政治経済の停滞と国際社会からの孤立が、半世紀以上を経た今も、この植民地都市の姿をかなりの程度往時のままに残すことになった。そのことは建物の老朽化だけでなく、都市の物理的な基盤である電線や上下水道などが、導入後さして手入れされることなく古びてきたことも意味する。また、ダウンタウンの北の丘のうえで黄金色に輝くシュエダゴン・パゴダは、植民地都市建設のはるか以前から巡礼地として広く知られており、現在も仏教徒が多数派を占めるミャンマーのシンボルマークとなっている。

過去を体現する既存の空間と、未来志向の空間の更新とがせめぎ合うなかで、さまざまな意見がたたかわされている。老朽化した植民地期の建築物を取り壊して開発しようという主張がある一方、シュエダゴン・パゴダが見えなくなるという理由で高層建築に反対するものや、植民地建築を保全して観光資源として利用しようと主張するものがある。植民地建築の保全を主張する人々のなかにも、単に外観だけを残してホテルに改築するか、これまでの用途をも重視するかで対立がみられる[ii]。政治の自由化がすすんだことで、都市開発の方向性についても多様な声が上がるようになった。

ところで、個人的に気になっているのは、ダウンタウンから鉄道線を越えた北側にあるムスリム墓地とユダヤ人墓地である。ヤンゴンの中心部付近にあった墓地の多くがすでに郊外へと移転されているなか、どういった経緯でこれら二つの墓地が残っているのか詳細はわからない。しかし、遠からず、この土地にも開発の波が及ぶのではなかろうか。墓地とは、人々の記憶が集積する最たる場所であろう。その開発は敏感な問題になりかねない。都市開発の先輩であるシンガポールでは、古い華人墓地に関して、現地の歴史家が墓碑写真やオーラル・ヒストリーのアーカイブ化などに取り組んで、積極的に社会運動にコミットしている事例がある[iii]。おそらく、開発を不可避のものと考えて、墓地の空間を物理的に残すというよりも、記憶や知識として残すという手法を採っているのだろう。文化的背景が違うので、そのままヤンゴンに適用できるわけではないが、こうしたアプローチは参考に値する。

アウンサンスーチー氏率いる国民民主連盟政権が発足してからも、ヤンゴンは疾走を続けている。ヤンゴン管区域首相に任命されたピョーミンテイン氏は、一定のリーダシップを発揮して、いくつかの都市問題にメスを入れた。その評価には時期尚早であるが、ヤンゴンの手綱を握っているのがもはや行政だけでないのは確かであろう。それぞれに「過去」を抱えた人々が、自分の「未来」を切り開くために、声を出し、動く。そうした社会のうねりが、ヤンゴンをひたむきに走らせているようにみえる。今後どのようなかたちでヤンゴンが変貌を遂げていくにせよ、それはミャンマーの国全体の行く末にも少なからぬ影響を及ぼすに違いない。

 


[i] イギリス植民地期のヤンゴンについては、以下の拙著を参照のこと。長田紀之『胎動する国境――英領ビルマの移民問題と都市統治』山川出版社、2016年(https://www.yamakawa.co.jp/product/67388)。

[ii] 長田紀之「変わるヤンゴン、残すヤンゴン—都市開発の諸問題—」(特集:ミャンマー改革の3年―テインセイン政権の中間評価(2)―)『アジ研ワールド・トレンド』 No. 221、pp. 36-39、 2014年(http://d-arch.ide.go.jp/idedp/ZWT/ZWT201402_011.pdf)。

[iii] The Bukit Brown Cemetery Documentation Project (http://www.bukitbrown.info/index.php).

 

以上