フィリピンにおける生産性の政治の模索

フィリピンにおける生産性の政治の模索

高木佑輔(政策研究大学院大学)

 

はじめに

本研究領域で編纂中の英文叢書第3巻では、開発国家論や生産性の政治という概念をヒントにして、急速な経済成長を経験している新興国の政治について考えている。開発国家論については、本領域のリーダーであり第3巻の編者の1人でもある園部哲史の論考を参考にしてもらうとして(園部 2017)、本稿では、生産性の政治に注目する。

生産性の政治は、生産性の向上を政治の目標とする政治の在り方である。政府が成長を目指すというのは一見すると当然のことのように思える。しかし、政治指導者の時間も人的資源も有限である。本論では触れないが、例えば欧米のポピュリスト政治家と呼ばれる人たちが、移民排除を政治の一大目標にしていることを考えれば、生産性の政治が定着するということが容易ではないことがわかるだろう。また、経済成長を実現できない国の政治家たちは略奪の政治を実行しているとされ、ここでもまた生産性の政治は机上の空論である。本稿では、最近にわかに注目を集めているフィリピン政治を事例に、生産性の政治という分析視角によって何を明らかにしようとしているのかを紹介したい。

 

1 生産性の政治

この概念は、欧州史を専門とする歴史家チャールズ・メイヤーが、第二次世界大戦後の米国の世界戦略に関する論考において提示した(Maier 1978)。彼は、米国の外交政策が共産主義との対峙に特徴づけられたという議論と一線を画し、ニューディール政策という米国の国内政治の論理に基礎づけられたと論じた。その内実は、国の資源の配分の在り方について、妥協のない階級対立の政治ではなく、国の資源そのものを拡大して対立を解消してしまおうという論理である。そうした政治の担い手は、好戦的な右翼とも労働組合とも異なる保守的な政治指導者ということになる。メイヤーによれば、この米国モデルは、マーシャルプランを通じて西欧に、そして占領政策を通じて日本に定着したという。

この生産性の政治概念を、東南アジア地域の分析に応用したのが白石隆である(白石 2000)。1957年のタイのクーデターと、その後の経済政策の一大転換を契機に、東南アジア諸国の多くは開発体制と呼ばれる政治経済体制を作り上げた(東京大学社会科学研究所 1998)。強烈な暴力の後に権力を掌握したインドネシアのスハルトは、軍を掌握しつつも経済活動を窒息させるような政策はとらず、マクロ経済を安定させ、外資を積極的に誘致した。1985年のプラザ合意以降、日本企業の東南アジアおよび中国への直接投資が増大すると、開発体制を採用したタイ、マレーシアやインドネシアは旺盛に海外直接投資を受け入れ、東アジアには一大生産ネットワークが形成された(Katzenstein and Shiraishi 1997)。

 

2 フィリピンにおける生産性の政治の模索

マレーシアのマハティール首相やシンガポールのリークアンユー首相のリーダーシップが評価された一方、フィリピンのフェルディナンド・マルコス大統領は略奪の政治の代名詞とされた(アキノ 1992)。1986年の政変以降も、度重なるクーデター未遂に見舞われたこともあり、フィリピンについては悲観的な見方が定着していた。例えば、世界銀行が出版した報告書『東アジアの奇跡』の見開きページには、日本、韓国、台湾に加え、シンガポール、マレーシア、タイやインドネシアが高実績アジア経済として色付けされる一方、地図の真ん中のフィリピンは白抜きされている(世界銀行 1994)。1990年代、こうした状況を変えるべく立ち上がったのがフィデル・ラモス大統領であったが、その後継者はジョセフ・エストラーダに敗れた。エストラーダ政権にはマルコス元大統領の取り巻きも影響力を行使したことから、取り巻き(クローニー)資本主義という見方が説得力を持った。ピープルパワーIIと呼ばれる超法規的政変により、エストラーダ政権の後を襲ったグロリア・マカパガル・アロヨ大統領政権も醜聞とは無縁ではなかった。特に、2004年の大統領選挙時の不正、中国からの巨額投資案件にまつわる醜聞、さらにはジャーナリストを主な標的とした超法規的殺人の横行など、フィリピンは少数の金持ちたちによる寡頭支配(オリガーキー)に取りつかれているという見方が広まった。

ただし、振り返ってみるとフィリピン政治においても生産性の政治を生み出そうとする動きが皆無であったわけではない。例えば、クローニー批判をしたのはフィリピン人実業家のハイメ・オンピンであり(Hau  2016)、彼は、政治改革を求める実業家の団体マカティビジネスクラブ(MBC)を結成、反マルコス運動を資金面で支えた。民主化後、MBCは、経済改革を実現するべくアキノ政権を支持した。その後、フィデル・ラモス大統領の最側近と呼ばれたジョエル・アルモンテ大統領補佐官は、反乱のもとは、反政府ゲリラ運動が活発なシエラ・マドレ山のふもとではなく、金融の中心であるマカティにこそあると認識し、経済改革を断行した(Almonte 2015)。結果として、電話事業と海運などの自由化や、独立性の高い中央銀行法が成立した(美甘 2005)。

アロヨ政権においても、財政の立て直し(谷村 2012)、中央銀行主導の改革による海外からの送金手続きの簡素化などの改革が実現した(Raquiza 2015)。アキノ3世政権においては社会政策改革が重視されたが、これの背景にはビジネス界の後押しがあり、単純な再配分というよりも、生産性向上を強く意識した社会経済改革であったといえよう(Takagi 2017)。また、何かと論争を巻き起こすドゥテルテ政権であるが、選挙戦中に公表された10項目のアジェンダの第一項目はマクロ経済政策の継続であり、アキノ政権の路線を遵守する姿勢を示した。そのほかにも、2017年現在、議会で審議中の税制改革は、アキノ政権の税制改革を支持したのと同じ政策提言型NGOが一貫して主張してきた政策課題である。

21世紀に入って好調なフィリピン経済を考えるとき、クローニー資本主義やオリガーキーを批判しつつ、生産性の政治を実現するべく働いてきた政策当事者の姿が浮かび上がってくる。かつてクローニー資本主義の代名詞といわれたフィリピンにおいても、生産性の政治の模索は続いている。

 

おわりに

生産性の政治について考えると、だれが、どのように生産性の政治を目指しているのかを考えることができる。また、生産性の政治以外の政治目標を可視化する手助けにもなるだろう。メイヤーが念頭に置いていたような階級対立の政治、本稿ではほとんど触れられなかったがマルチ・エスニック社会におけるエスニシティの政治など、政治の大きな目標とそれを実現する戦略は無数にありうる。当該国における政治指導者は何をその統治の目標とするのか。これを理解するためには、観察者の側で政治的指導者の目標を設定する前に、政治的指導者の置かれた状況、特定の行為を選択した文脈などを丁寧に掘り起こしていく必要がある。第3巻の目標の一つは、具体的な事例研究を踏まえて、新興国家建設の営みを当事者の視点に立って考えていくことにある。

 

引用文献

アキノ, ベリンダ. A.(伊藤美名子訳). 1992.『略奪の政治―マルコス体制下のフィリピン』東京: 同文舘出版.

Almonte, J. 2015. Endless journey: A memoir. Quezon City: Cleverheads Publishing

Hau, C. S. 2016. “What is ‘Crony Capitalism’?” 新学術領域「新興国の政治と経済」コラム(http://www3.grips.ac.jp/~esp/event/what-is-%E2%80%9Ccrony-capitalism%E2%80%9D/ 2017年7月22日アクセス)

Katzenstein, P. J. and T. Shiraishi. 1997. Network Power: Japan and Asia, Ithaca: Cornell UP.

Maier, C. S. 1978. “The Politics of Productivity: Foundations of American International Economic Policy after World War II,” P. J. Katzenstein ed. Between Power and Plenty: Foreign Economic Policies of Advanced Industrial States, Madison: University of Wisconsin Press, 23-50.

Raquiza, A. R. 2015. “Philippine service sector, politics and governance issue” Working paper for the Emerging States Project Workshop “Beyond crises and traps in Southeast Asia: Reshaping economic strategies, social policies and political configurations” National Graduate Institute for Policy Studies (GRIPS), May 15 –16.

白石隆. 2000.『海の帝国―アジアをどう考えるか』東京: 中央公論新社

世界銀行(白鳥正喜監訳). 1994.『東アジアの奇跡―経済成長と政府の役割』東京: 東洋経済新報社.

園部哲史. 2016.「「新興国の政治と経済」研究叢書の計画(1)、(2)」新学術領域「新興国の政治と経済」コラム

谷村真. 2012.「アロヨ政権の財政健全化政策と今後の課題」『アジア研究』58(3), 1-20.

Takagi, Y. 2017. Policy coalitions and ambitious politicians: A case study on the Philippine social policy reform, Philippine Political Science Journal, 38 (forthcoming).

東京大学社会科学研究所 編(1998)『20世紀システム4―開発主義』東京: 東京大学出版会。