フィリピンの罠

フィリピンの罠

加治佐 敬(青山学院大学 国際政治経済学部)

 

フィリピン経済が、ようやくキャッチアップを始めた。2012年、2013年ともにGDP年間成長率は7%を達成している。今までの停滞を考えれば、ミラクルと言っても良いくらいであり、上位中所得国への仲間入りも間近である。しかし、多くの人が指摘するように、同国の経済には大きな課題が存在する。成長すれども、貧困がなかなか減らないのである。貧困者比率は、2006年で27%、2013年で25%、2014年の速報値も26%と減少している様子は見られない。[1]この現象に関しては、原因の解明も含め、様々な視点から政治経済学的分析が可能であろう。本コラムでは、ある一農村での聞き取りをもとに、この現象の農村における意味について考えてみたい。

ある一農村とは、故速水佑次郎先生が千葉大名誉教授菊池真夫先生と共に、約25年間(1974年-1997年)定点観測を続けた村である。[2]我々の間では、敬意をこめて「速水村」と呼ばれている村で、調査は現在も続いている。村は、今ではマニラまで車で約2時間、一番近い工業団地までは30分程度で、都市近郊の村と言って良い。そのため、農家の子弟の多くが、工場や都市のサービスセクターに職を求め、あるものは移住し、またあるものは村から通いで働くようになっている。その結果、村の農業に労働節約的な技術の採用(機械化や農薬の使用)が起こりそうなものである。しかし、現実にはその方向での変化は、力強い動きとなってはいない。なぜなら、近隣の農村まで視野を広げれば、農業労働の仕事を求める比較的貧しい人々を見つけ、かき集めることが今でも十分に可能だからである。ちなみに、現在の農業労働賃金は1日当たり200-250ペソであるが、過去の値をCPIで実質化し比較してみても、約30年間ほとんど上昇していないことが分かる。つまり、農村の労働不足は、まだマクロレベルでは顕在化していない。

このような中、労働者を効率的に集めるために、最近出てきた農業労働契約が、パクヤウ(pakyaw)と呼ばれるものである。パクヤウとは問屋という意味で、ここでは派生して「労働者を手配する親方」、悪く言えば「人間問屋」的な意味で使われている。[3]人手の足りない農家が親方に稲刈りなどの作業を委託するのでそのような名称になったのであろう。注意したいのは、親方が集めてくる労働者たちは、親方の村を中心に、作業を指定された日に都合の良い人たちで構成されるので、農家にしてみると、当然面識のない者も混じるし、また毎期同じ人たちが来るとは限らない。村の中の顔見知りが、農作業に集まってくるという伝統的な風景は消滅し始めている。

この契約をうまく使いこなせている農家もいれば、そうでない農家もいる。ある農家は、娘へ経営が代替わりしたのを機に、昔から稲刈りを頼んできた同じ村の家計への作業委託をやめ、他の村の親方に頼むようにしたとのことである。昔馴染みの家計は、遅刻や作業日の変更を要求することが増えてきたのが理由だと言っていた。そして、変更以降経営が楽になったとも言っていた。一方で、ある農家は、パクヤウで集まってくる労働者の遅刻や怠業などが不満で、ここ数年、毎年親方を替えていると言っていた。相当不満が溜まっていたらしく、インタビューがなかなか終わらずに苦労した。

農業に必要な才能が変わってきているようだ。一般に、農業の才能とは、降雨など自然環境への対応や、肥料など投入財の適切な量とタイミングの判断など、農学的知識と経験が中心である。しかし、農業の近代化に伴い、このような作業はだいぶマニュアル化されてきた。今のフィリピンの農家にとってより必要な才能は、信頼に足る親方を見つけ、労働者たちをまじめに働かせるアレンジをする能力になってきているようだ。これらは、今までは、共同体内部の結束型ソーシャルキャピタルが解決してくれていた問題である。つまり、全体として見ればまだ人が豊富にいるという状況の下で、いままで農業では重要視されることのなかった、橋渡し型のソーシャルキャピタルと労務管理が重要になってきているということではなかろうか。それらが不十分であれば、罠にはまる可能性は十分にある。

一農村で観察されたこうした契約スタイルが、特定の地域で一時的に起こる特殊な現象なのか、あるいは、農村発展のある段階で多くの地域でも起こりうる一般的な現象なのか未だわからない。ただ、もし後者であるなら農村発展の罠のメカニズムを探る研究として多くの政策含意を持つことになるであろう。研究対象として面白い現象であるので、しばらくフィリピン農村の観察を続けつつ、今後より広範に聞き取りをしてみたいと思っている。

1970年代のインタビュー風景

現在の稲刈りの様子


[1] フィリピン政府の定める国内基準貧困線に基づく。ちなみに、所得レベルの近いインドネシアの貧困者比率(国内基準貧困線)は、2006年に18%、2014年に11%である。(出所:Philippine Statistics Authority, 世界銀行)

[2]Hayami and Kikuchi. 2000. A Rice Village Saga. McMillan and IRRIを参照。

[3]親方にはカビシリア(kabisilya)というより本来の意味に近い単語があるが、この場合あえてパクヤウという名前を使っているところに、労働者が、人間ではなく物扱いされている感じが出ていて興味深い。