ブラジルと「中所得国の罠」

ブラジルと「中所得国の罠」

恒川惠市(政策研究大学院大学)

 

この8月に久しぶりにブラジルを訪れた。BRICSの一員でありG20のメンバー国でもあるブラジルは、2011年まではまずまずの経済成長を遂げていたが、その後変調をきたし、2015、16両年にはマイナス3%台を記録するという窮状に陥った。リオデジャネイロでオリンピック・ゲームが開かれた2016年8月、ブラジル経済は深い不況の中にあったのである。

新興国経済が中国を含めて全体として成長率を落とす中でも、ブラジルの落ち込みは特に大きなものであった。ブラジルは、南アフリカと並んで、「中所得国の罠」に陥った典型的な国として扱われてきたが、2000年代に入って順調な経済成長を遂げていたので、ブラジルもついに「罠」を抜け出すと見る向きもあった。しかし期待は裏切られた。ブラジルの2011年以前の成長と、以後の停滞がなぜ起こったのかを探ることは、新興国の現在と将来を考える上で、貴重な材料を提供するだろう。

ブラジルの変調の原因は、一見明白である。天然資源(農産品、鉱物、石油)価格が大幅に下落したために、天然資源や天然資源加工品の輸出に頼るブラジル経済が停滞するのは当然のことだった。これが他のラテンアメリカ諸国にも共通する要因だったことは、前のコラム(「ラテンアメリカとアジアの新興国を比較する」)に書いたとおりである。しかし、ラテンアメリカの中でもブラジルの落ち込みは特に顕著なものだったので、そこにはブラジル的要因もあったと考えるのが適当だろう。それは「政治が経済危機を増幅させた」という要因である。

ラテンアメリカ諸国の政党政治は、大ざっぱに言うと、政府が経済や社会問題に介入することをよしとする政党(介入主義政党)と、できるだけ民間の自由に任せようとする政党(自由主義政党)の間の対立を軸に展開してきた。ところが、1980年代に国を破産させるほどの債務危機に直面した諸国では、介入主義政党の政府ですら経済自由化を推進せざるをえなくなった。そこで、介入主義政党から経済自由化に反対する人々が分離し、第三極を形成するようになる一方、従来の介入主義政党と自由主義政党は支持率を落としたのだった。いわゆる多党化現象がおこったわけだが、ブラジルでは、その現象が極端な形で表れたのである。それは、広大なブラジルでは19世紀以来、州の自立性が高く、州レベルの有力政治家が併存する構造が形成されたことに起源をもつ。全国政党は地方政治家の連合体にすぎず、中央からの規律の弱い政党だったので、政権参加をめざす政治家が政党を変わる行為が頻繁に見られたのだった。

ラテンアメリカ諸国は、1980年代に軍事政権から民主主義体制への移行を経験する一方、1990年代に債務危機とハイパーインフレを脱して、ノーマルな経済運営の軌道に戻った。しかしノーマルに戻ったが故に、危機の時期に経済自由化を受け入れた世論が弛緩し、第三極の介入主義政党の主張が支持を伸ばした。それが民主主義の下で多党間の競争を激化させたのである。ブラジルでは、この介入主義政党は社会主義を掲げる労働者党であり、その大統領候補Lula da Silvaは自動車工場の労働組合出身だった。このLula da Silvaが4度にわたって大統領選挙に立候補し、2002年にはついに当選することになった。以後Lulaは、2011年に同じ労働者党のDilma Rousseffにバトンタッチするまで2期8年にわたって大統領を務めた。

成立当初、労働者党政権は順風満帆に見えた。80年代末から90年代はじめにかけて、4桁代のハイパーインフレに苦しんだ国民の間では、二度と同じ経験は繰り返したくないという気持ちが広く共有されていたので、労働者党政権も財政規律を守ることを余儀なくされたが、たまたま天然資源の国際価格が急騰したので、財政均衡を保ったまま、政府歳出を拡大することができるようになったのである。最低賃金は大幅に引き上げられ、それと連動して社会保障支給も増大、さらに低所得者向けの社会福祉給付も拡大した。結果として貧困率は大幅に縮小し、所得格差も縮まった。ブラジルがオリンピック・ゲームを招聘したのも、この時期である。ところが、すべてがうまくいっていたので、労働者党政権は次第に大胆になり、地方電化や内陸運河計画など、大規模な長期投資を要するプロジェクトに乗り出したのだが、まさに、その時期に天然資源に依存した経済の限界が現れ始めたのだった。しかし、政党間の競争が激しい民主主義の下で、一度拡大した財政を巻き戻すのは容易でない。Dilma政権は、財政悪化を隠蔽する操作をおこなわざるをえず、それが命取りとなって議会で弾劾を受け、2016年8月に職を追われたのだった。

この数年、労働者党政権が支持率を落とした、もう一つの原因は政治腐敗だった。ブラジルは多党化が著しいため、民主化後の政権のほとんどが複数の政党に支えられる連立政権だった。労働者党の大統領も議会では過半数をもたなかったので、連立内閣を組織せざるをえなかった。しかし、これは政治腐敗の機会を広く分配する結果をもたらした。政治家は、組織の弱体な自党に頼ることができないので、次の選挙での再選をめざして、各自が役職を利用した政治資金集めをおこなった。国営企業や公共事業に関わる政府調達は、かっこうの蓄財源で、労働者党を含むあらゆる政府与党の政治家が関わった。Lula da Silvaも汚職で訴追され、一部の罪状について有罪判決を受けた。Dilmaを継いで大統領に就任した副大統領(労働者党とは別の政党)も訴追の危機にさらされ続けている。

このような政治と政策の停滞が、財政難に加えて、経済をいっそう悪化させたことは誰の目にも明らかである。現在の政権は2018年12月までの臨時政権だが、経済を立て直すために、年金法や労働法を改正することで財政健全化と民間投資促進を図る努力を始めている。しかし、ブラジル経済の長期的な再建は、小手先の改革ではなしえないだろう。ブラジルは天然資源や天然資源加工業に依存する経済構造を改変して、ICTを組み込んだ機械産業や高度サービス業を発展させることなしに、「中所得国の罠」を抜け出ることは難しい。こうした産業構造の高度化のためには、労働者や地場企業の技術能力を向上させると同時に、経営者と労働者、親企業と下請け企業、上流部門と下流部門、企業と研究機関など、さまざまなプレーヤーの間の調整と協力が不可欠である。それには、プレーヤー達を長期的なコミットメントに導く仲介者が必要である。業界団体がその役割を果たす場合もあるが、政府系の団体や委員会が担うことも多い。政府が信頼を取り戻さなければ、政府が有効な調整役を果たすことはできず、ブラジルを長期的な経済発展の軌道に乗せることも難しいだろう。

以上