ラテンアメリカとアジアの新興国を比較する

恒川惠市

 

新興国として見られている国は、アジアにもラテンアメリカにも存在する。G20メンバーということならば、アジアからは日本、中国、韓国、インド、インドネシアの5カ国、ラテンアメリカからはブラジル、アルゼンチン、メキシコの3カ国が入っている。しかし経済的パフォーマンスを見ると、後者はきわめて成績が悪い。

米国の1人あたりGDPを1.0として、各国の1人あたりGDPの推移を長期的に見てみると、ラテンアメリカ諸国のほとんどは、第一次世界大戦の頃にピークがあり、その後は増減を繰り返すだけで、それ以上は米国にキャッチアップできない「中所得国の罠」状態にある。それに対してアジア諸国は、1950年代まではラテンアメリカ諸国よりもずっと低い水準に甘んじていたが、1960年代以降上昇を開始し、1990年までにシンガポール、台湾、韓国がラテンアメリカ諸国を抜き去った。また2010年までにマレーシア、タイ、中国がラテンアメリカ諸国に追いついた。同じ新興国の名で語られても、両地域の経済パフォーマンスには大きな違いがある。

それでも一部のラテンアメリカ諸国が新興国として数えられるようになったのは、1980年代に債務危機に見舞われたラテンアメリカ諸国が、1990年代の後半になってようやくハイパーインフレを克服し、経済回復軌道に乗ったこと、そして2000年代になって天然資源の国際価格が高騰したことで、食糧、金属、石油などの天然資源が豊富なラテンアメリカ諸国が経済的に潤ったことのおかげなのである。裏を返せば、天然資源価格が下落すればラテンアメリカ諸国の経済は困難に直面するだろう。実際これら諸国の経済成長率は、2012、13年には低迷状態となり、2013~16年の年間平均成長率はアルゼンチン0.1%、ブラジル–1.0%、メキシコ2.1%であった。これらはアジア諸国よりも低い。

ラテンアメリカは、アジアよりもずっと早く工業化に乗り出した地域であることを考えると、いまだに天然資源依存で苦しんでいるというのは不思議に思えるかもしれないが、工業化の内容を見てみると納得がいく。すなわちラテンアメリカ諸国の製造業は、メキシコを除けば天然資源加工業に集中しているのである。メキシコだけはNAFTAの恩恵によって、自動車や電気製品を製造輸出する機械産業が発展している。他方ブラジルはメキシコに次いで機械産業が発展しているが、メキシコと違って国際競争力は低い。メキシコ以外の国は天然資源加工業に依存しているので、原料である天然資源価格が下落すれば、加工品の価格も低迷せざるをえないのである。

機械産業と比べると、天然資源加工業は、同じ製造業でも付加価値という点で不利である。インプットの多くが原料なので、天然資源価格が下落すれば付加価値も下がる。さらに機械産業よりもバリューチェーンが短いし、製品にICTを組み込む余地も小さいので、付加価値はいっそう低くなる。

アジアが強いのは、競争力のある機械産業(ないし高度サービス業)を備えるようになっているからである。韓国、台湾、中国では機械産業の拡大が顕著であるし、東南アジアでもマレーシア、タイでは、機械産業が発展してきている。ただし東南アジアの機械産業の競争力は、世界平均をわずかに上回るだけで、まだまだ足腰が強いとは言えない。東南アジア諸国では機械産業よりも天然資源加工業が盛んであるという点では、ラテンアメリカ諸国と共通している。その意味で、「中所得国の罠」に陥るのではないかという恐れが東南アジアに漂っているのは、理由のないことではないのかもしれない。

ラテンアメリカでも機械産業化が進まなかったわけではない。1950年代から70年代にかけての輸入代替工業化の時代には、各国は自動車や電気製品の自国生産をめざして、様々な政策を実施した。しかし、この機械産業化はうまくいかなかった。その理由の一部はアジアと比較することで明らかになる。

機械産業は製品レベルでも製造レベルでも、常に技術や技能の向上に基づく生産性改善を要求される分野である。そして、そうした改善のためには、バリューチェーンに参加するプレーヤー間での緊密な連携と協力が必要である。例えば工場では労働者と職場責任者や技術者との協力が生産性改善にプラスに働くし、部品企業とアセンブラーの間での投資や技術開発面での調整と協力も重要である。ところが、ラテンアメリカ諸国では他者に対する信頼感がアジアと比べると著しく低く、ビジネスも狭い家族経営の範囲を出ることは容易でない。そこでは、長期的な信用に基づく労使間や企業間の調整を実現することが困難なのである。

調整の難しさは、国内だけでなく、国境を越える生産ネットワークの弱さという面にも見られる。アジアでは古くから華僑や印僑のネットワークがあり、各地の生産・交易活動を結び付ける役割を果たしていた。1960年代以降は、日本企業が進出、機械産業のバリューチェーンをアジア大に広げる役割を果たし始めた。そこにアジアNIEsの企業が続き、国境を越える生産ネットワークをいっそう広げた。そうした地域的な生産ネットワークは、各国における生産性向上努力を促し、産業構造の継続的転換(高度化)を助けたと考えられる。

それに対して、ラテンアメリカには華僑や印僑のようなディアスポラの信用ネットワークがない。日本企業やNIEs企業のような地域大の生産ネットワーク構築に関心をもつ外国企業も少ない。国内での生産ネットワーク構築もスムーズに進まない国で、外資系企業に地域ネットワーク構築まで期待するのは無理だろう。結果として、外資系企業は国内市場向け生産に注力することになる。生産規模は当然小さくなる。

両地域の違いは、域内貿易比率に如実に現れている。西半球の域内貿易は全体の55%に達するが、うち9割はNAFTA3カ国間の貿易であり、NAFTAを除いた域内貿易は5%にすぎない。それに対してアジアではASEAN10カ国間の貿易が、これらの国の全貿易額の25%、それに日本、韓国、中国を加えた、いわゆるASEANプラス3になると35%になる。地域内分業がアジアと比べてラテンアメリカでは全く進んでいないことを示す数字である。

機械産業化が困難だというラテンアメリカの弱点は、元を正せば、その歴史的経験による所が大きい。植民地時代にできあがった白人支配者と先住民・アフリカ人奴隷の関係は、次第に混血住民が増えたとはいえ、著しく不平等な社会を独立後のラテンアメリカに遺した。19世紀末から20世紀にかけてラテンアメリカ諸国は、急速な工業化を遂げつつあった欧米に原料や食糧を輸出する資源大陸として栄え、豊かな都市中間層や、労働組合によって守られたフォーマル部門の労働者を生んだ。しかし人口の圧倒的多数は、農村や都市周辺のインフォーマル部門にとどまったので、一方で労働賃金や社会保障給付が増加しながら、人口全体の不平等は改善しないという現象を生んだのだった。不平等社会は大衆動員型の無責任なポピュリズム政治の源ともなり、社会関係は、一方で地主・雇用主や政治指導者と、他方で農民・労働者や貧しい大衆の間の、垂直的で狭い関係となり、水平的な信用の広がりのないものになったのである。信用がないために、企業家も、家族や特定の政治家とのコネに頼り、それがまた企業間の信頼の醸成を妨げるという悪循環に陥ったのだった。

植民地時代のもう一つの負の遺産は、スペイン本国がラテンアメリカ各地の貿易を、すべてスペイン経由で、スペイン商人を通しておこなうように強制したことだった。ラテンアメリカ諸地域間の交易は密貿易として細々と続けるしかなかったのである。結果としてラテンアメリカ諸地域の経済は、互いに乖離したものになった。そうした状況は、19世紀末からの資源輸出の最盛期に、いっそう強まった。鉱物資源や食糧は、ラテンアメリカ各国から欧米に輸出されたので、個々のラテンアメリカ諸国が外国との経済関係を深めるという分断した構造が固定化されたのだった。

その構造は輸入代替工業化の時代にも受け継がれた。ラテンアメリカ諸国は、それぞれが工業化を遂げようと競って同じような工業(特に重化学部門)を興そうと躍起になったので、保護関税で守られた小さな国内市場が並列する状態が続いたのである。ラテンアメリカ自由貿易連合(LAFTA)や中米共同市場(CACM)のような地域統合の動きがなかったわけではないが、いずれも早期に失敗している。

1990年代以降ラテンアメリカ諸国は、それまでの保護貿易主義をやめて、経済自由化へと動くのであるが、皮肉にもそれは、それまでにできあがっていた非効率な機械産業を淘汰して、ラテンアメリカ諸国を天然資源と天然資源加工品の輸出国へと先祖返りさせたのであった。

ラテンアメリカにとって歴史はあまりにも重い。ラテンアメリカ諸国は、それを克服して、競争力のある天然資源加工業を生かしつつ、さらに機械産業や高度サービス業を発展させることができるだろうか。この問題はラテンアメリカに最も先鋭な形で表れているが、実は東南アジア諸国をはじめとする、天然資源に恵まれた多くの中所得国に共通の問題かもしれない。