世界経済史会議報告(1)

(経済史班のメンバーの多くは、世界経済史会議の開催とそこでの成果発表に多くの力を注いできた。そこでまず、組織委員会委員長を務めるとともに、会議中に行われた理事会で国際経済史協会の会長に就任された岡崎哲二氏に、総括的な報告をお願いした。以下、順不同で何人かの方に、会議の印象を自由に書いていただく予定である。杉原)

 

世界経済史会議報告(1)

岡崎 哲二 (東京大学)

 

2015年8月3日~7日に国立京都国際会館で、第17回世界経済史会議(World Economic History Congress, WEHC)が、各国・地域の経済史学会の連合体であるInternational Economic History Association (IEHA)と日本学術会議の共同主催により”Diversity in Development”を共通テーマとして開催された。1960年に始まる半世紀以上の世界経済史会議の歴史の中で、アジアで開催されるのは今回が初めてであり、その点で記念すべき会議であった。発足当初、ヨーロッパ諸国を中心に開催されてきた世界経済史会議であるが、前回の2012年に南アフリカのステレンボッシュ、今回は京都、そして次回の2018年にはアメリカのボストンで開催されるなど、文字通り世界経済史会議という名称に相応しいグローバルな内実を備えるようになっている。

京都での会議では、3つのプレナリー・セッションと178の並行セッションのほか、ポスターセッション、および博士論文のコンペティションであるディサテーション・セッションが行われた。セッション数はこれまでの世界経済史会議の中で最大級であった。これらセッションに1,202名の研究者が参加し、同伴者を含めると参加者が1,300名を超える規模となった。参加研究者数を国別に見ると、日本が最大の294名で、言いかえれば、908名、全体の76%が海外からの参加者であった。海外諸国で参加者が多かったのは、アメリカ(143名)、イギリス(101名)、中国(91名)、フランス(56名)、オランダ(56名)、スペイン(53名)等の国々であり、世界の経済史研究を中心的に担ってきた欧米主要国に加えて、中国から多くの参加者を得たことが特筆される。

京都での世界経済史会議は規模だけでなく発表の質の面でも注目すべきものがあった。ここでは、筆者が関与したセッションの中で初日と最終日の2つのプレナリー・セッションについて紹介したい。初日のプレナリー・セッションでは、福田康夫元総理のスピーチと斎籐修教授(一橋大学)の講演が行われた。福田元総理は、第二次世界大戦後の70年の期間に生じた大きな変化を概観したうえで、資源と環境のトレードオフ、情報通信技術の急速な発展、およびグローバル化という3つの要因が、世界を新しい時代に向かわせつつあるとした。そして、そのような状況下で先入観や誤解を取り除いて健全な民意を形成するために歴史研究が重要であり、政府の責任としてアーカイブにおける史料保存を行う必要があることが強調された。スピーチの最後に福田元総理が日本と中国・韓国との関係を正確な歴史認識に基づいて改善することに努力を惜しまないと述べられたことが強く印象に残った。

斎籐教授は講演の中で、自身が中心となって進めている就業構造の国際比較史研究(International Network for the Comparative History of Occupational Structure)の成果に基づいて、18-20世紀のヨーロッパと日本における産業別就業構造の長期的変化を比較するとともに、変化のメカニズムについて考察した。ペティー・クラークの法則と呼ばれる就業構造変化の様式化されたパターンは必ずしも一般的ではなく、イギリスを含む多くの国で産業革命期に工業就業者のシェアが上昇しなかったこと、日本では産業革命期に工業就業者のシェアが上昇したが、一方で農業就業者シェアの低下はそれほど急速ではなかったといった観察が報告された。斎籐教授は、こうした観察を理解するための視点として、機械の労働節約効果と機械産業の労働需要の関係(リカード機械論の問題)、工業における技術の偏りと産業連関、農業の労働需要の長期的変化を提起した。

最終日のプレナリー・セッションは共通テーマでもある”Diversity of Development” について、経済史と開発経済学の各分野で指導的な役割を担ってきた3人の研究者、Abhijit Banerjee教授(Massachusetts Institute of Technology)、Nicholas Crafts 教授(Warwick University)、Avner Greif 教授(Stanford University)を迎えて議論した(Crafts教授はインターネットを通じての参加)。Banerjee教授とGreif教授はともに、経済発展において歴史が持つ意味(経路依存性)の大きさを前提としながら、歴史決定論ないし”Tyranny of History”を相対化する必要性を強調した。すなわちBanerjee教授は、政治と文化は歴史的に決まっており政策的・人為的に変えることはできないとする開発経済学における見方を実証的・理論的に批判して、制度・文化・政治を考慮しつつ行われる政策提言の有効性を主張した。グライフ教授は、ヨーロッパと中国の歴史に対する観察に基づいて、人々の協力を可能にする社会組織が経済発展の鍵であること、そして社会組織に焦点を当てて、経済発展を一回限りの出来事ではなく持続的なプロセスとして理解する必要性を強調した。一方、Crafts教授は世界各地域の経済発展に見られる大きな多様性・異質性を説明するための理論的枠組みとして、新しい経済地理学(New Economic Geography)と偏向的技術進歩(Directed Technical Change)の理論に注目し、近代ヨーロッパのデータによってそれぞれの有効性を例証するとともに、2つの理論的枠組みの統合が将来の課題であるとした。

世界経済史会議におけるプログラム・コミッティー機能は基本的にIEHAが担っているが、プレナリー・セッションについてはローカル・コミッティー、今回の場合は日本のWEHC 2015 国内組織委員会のイニシャティブで組織される。そのため、各回の世界経済史会議では、プレナリー・セッションの組織の仕方と内容にローカル・コミッティーの考え方が反映される。今回の世界経済史会議で、私は国内組織委員会の委員長として、委員会メンバーと意見交換をしながら、経済史を経済学的に考察し、経済史から経済学を再考するという観点からプレナリー・セッションを組織した。上に簡単に紹介した2つのセッション、および3日目に、Pranab Bardhan教授(University of California, Berkeley)とR. Bin Wong 教授(University of California, Los Angeles)を招いて行われたもう一つのプレナリー・セッションを通じて、こうした意図を参加者に発信することができたと考えている。今回の世界経済史会議が、経済史研究のグローバルな発展と深化に貢献をすることができたとすれば、それは私たちの望外の喜びである。