世界経済史会議報告(2)

世界経済史会議報告(2)
地下経済とグローバリゼーション:セッションPiracy, Smuggling and Black Markets: Rethinking Market and Consumer Practice, c. 1600-1900sから

太田 淳 (広島大学

セッションPiracy, Smuggling and Black Markets: Rethinking Market and Consumer Practice, c. 1600-1900sは、会議3日目に、University of AlbertaのBeverly Lemirをオーガナイザーとして開催された。セッション自体には、報告者にキャンセルが出たこともあり、十分に一貫した議論が提起されたとはやや言い難い印象を受けた。ところが、Johns Hopkins UniversityのMichael Kawas による報告 Between Production and Consumption: The Role of Smuggling in the Eighteenth-Century Consumer Revolution は、密輸と地下経済についてグローバルな視点から再考を促すものであり、ヨーロッパ以外の地域を対象とする研究者にも興味深い問題を提起していた。

Kawasの報告は、18世紀フランスの国境地帯において、アメリカタバコの密輸が組織的に行われたことを取り上げた。当時フランスではタバコの需要が高まっており、国家はそれに高額の関税をかけていた。そこで、ならず者集団がタバコを密輸しフランス国内で安く販売したところ、大衆から大きな支持を得た。18世紀に西ヨーロッパは一種の消費革命を経験し、中産階級や一部の労働者階級は、嗜好品を含む様々な商品―その多くは植民地を含む非ヨーロッパ世界の産品―を消費するようになっていた。国家は大衆の新たな外国産品消費に介入するようになり、輸入を独占するために貿易を厳しく統制した。このような国家の姿勢の変化の故に、私的な外国産品輸入は密輸とされ、その流通が地下経済化したとKawasは述べる。

同様の経緯を18世紀の東・東南アジアの現地国家において考えるならば、中国で広い階層において外国産品(様々な東南アジア産品、日本の海産物など)への需要が高まったことや、日本で中国産やジャワ産の砂糖が求められたことが想起される。海域東南アジアの各地でも、中国向け産品の輸出が活発化するにつれて食糧(東南アジア域内から)、種々の中国産品、インドの染織品などの輸入が増えた。19世紀に入るとこれにヨーロッパ産(特にイギリス産)綿布の輸入が加わるようになる。ところが東・東南アジアでは、中国におけるアヘン輸入の禁止という特殊な事例を除けば、現地国家が厳しく貿易に介入し独占を試みることは殆どなかった。この意味では、Kawasの述べる地下経済のグローバル化というコンセプトは東・東南アジアには当てはまらない。

ところが東南アジアでも、イギリスやオランダが影響力を浸透させた地域では、1820年代から植民地国家が貿易、特にヨーロッパ産綿布の輸入に強く介入し、関税政策などを通じて一定地域からの輸入を誘導した(このような管理統制を逃れようとする私商人の動きも当然あった)。アヘンについては、主に華人に流通と小売りを委託し、国家公認の閉鎖的流通機構を構築した。このようにイギリスとオランダの植民地国家は、フランス本国と同様に大衆消費産品の貿易・流通への介入を強めており、この点はグローバルな現象であったと言える。しかし、東南アジアにおける国家介入は単に国家による独占という形を取るのではなく、先に述べたように、より複雑なものであった。アジア商人に目を向ければ、18世紀末から19世紀前半にかけて、しばしば暴力を使用する商業軍事集団(ヨーロッパ人は海賊と呼んだ)が海域東南アジア各地で活発な貿易を行った。彼らの寄港地には華人を初めとする商人が待ち受け、略奪された品物や人(奴隷)を取引した。オランダ人は彼らの取引を密輸と呼ぶこともあったが、商人自身に地下経済活動を行っているという認識はほとんどなかったと思われる。このような取引を密輸と捉える考え方は、国家の直接的介入というよりは、取引のあり方に合法・非合法という線引きを与えようとする国家の視点の表れと言えよう。

このように、海域東南アジアにおける地下経済のあり方をフランスの場合と比較すると、植民地国家が貿易を管理統制する政策を取ったことと、それを避けようとする経済活動があったことでは一致するものの、それらの実際の展開や現地国家の政策においては相違が大きかった。それでも消費産品貿易への国家介入という政策がなぜヨーロッパと東南アジアで同じ頃に試みられるようになったのか、それはそれぞれの地でどのようなタイプの新たな国家が現れたことを意味するのか、そしてその結果、国家と消費社会の関係はどのように変容したのか。地下経済というコンセプトは、これらの問題を検討し、世界各地の特徴的な経済発展径路を考察する上で、一つの有効な足がかりを提供するように思われる。