世界経済史会議報告(3)

近現代中国関係のセッションについて

久保亨(信州大学)

現代中国は突如として勃興したわけではない。K・ポメランツの『大分岐』やA・マディソンの歴史統計を引くまでもなく、中国大陸には何度か経済的繁栄を謳歌した時期があったし、19世紀から20世紀にかけての時期にも様々な動きが存在した。今回のWEHC京都会議でも中国を中心とする多くのセッションが組織された。筆者が関わった3つのセッションは、対象とする経済主体や時期、地域こそ異なるとはいえ、いずれも、伝統中国の経済を引き継ぎながら近代的な経済が展開し、経済大国化するまでの過程を明らかにするものであった。

検討の対象を工場制機械工業の企業経営とし、中国的要素とグローバルな要素との関わりを考察したセッションがConvergence and Divergence: The Role of Chinese ‘Characteristics’ and Global Factors in the Development of China’s Economy in the Early 20th Century である。19世紀末から20世紀半ばにかけ、中国の工場制機械工業でどのように技術移転が進展し、どのように労務管理が改善されたかが、上海の綿紡織業、機械製造業、台湾の造船業などを事例に検討された。日・中・台・米など各地から集まった研究者の報告によれば、この時期、中国では、着実に中国人技術者と熟練労働者の養成が進んでいた。綿紡織業に即していえば、在華日本資本工場に附設された機械工場を拠点として1940年代に、すなわち戦時から戦後にかけ紡織機の国産化を可能とする技術移転が起きていた。また労務管理についてみても、1920年代から30年代にかけ、従前のものに比べ、より効率的なシステムが在華日本資本工場で模索され、普及していた。こうした報告に対し、30人ほどの出席者からは、重要な工業技術が中国側に伝わるのを在華外国資本企業は押さえようとしたのではないか、そのような外資企業の姿勢は技術移転を実際に妨げたのではないか、在華日本資本工場の労務管理システムが中国資本工場に影響を与えた事例はあるのか、といった質問が出され、活発に討論された(組織者はElisabeth Köll氏と筆者)。

一方、華北地域経済の歴史的形成過程に焦点を合わせたのが、Discovering North China: Regional Diversity and Development from the 18th Century to the 20th Century であった。中国大陸の広さと多様性を考慮するならば、近現代の経済発展が著しく、したがって統計的な史料も多く残されている江南地域(長江デルタ地域)や嶺南地域(珠江デルタを中心とする華南地域)のみをもって中国経済を論じることはできない。そうした観点から華北地域を経済史的に考察したのが本セッションである。日本と中国の中国経済史研究者のジョイント・セッションという趣があり、興味深い議論が交わされた。日本の研究者が華北という地域経済概念が、いつごろ、どのように成立したかに注目していたのに対し、中国の研究者は華北と呼ばれる地域の中で、実体として成立していた多様な交易網の実証的解明に力を入れていた(組織者はLinda Grove、吉澤誠一郎の両氏、筆者は報告者の一人)。

また20世紀後半の一時期に存在した計画経済期の中国経済を歴史的に考察する試みが、Chinese Enterprises and the Socialist Economic System in Comparative Perspective であった。中国の計画経済下における企業活動に焦点を当てた本セッションでは、主に(1)1949年前後の中国の対外経済関係の変化が企業活動あるいは経営者に及ぼした影響、(2)日中戦争下の戦時経済が企業経営に及ぼした影響の連続性、(3)計画経済というよりは「無計画経済」(unplanned economy)と呼ぶべき状況下での企業および経営者の行動、などが論点となった。(1)に関しては、中華人民共和国成立前後の上海―香港ネットワークについてケーススタディーを行ったCarles Brasoの報告、同時期の絹貿易の動態を統計資料などから分析したRobert Cliverの報告が、対外経済関係の変化が与えた影響の企業、産業による多様性を示唆し、(2)についてはJuanjuan Pengが武漢に拠点を置く裕大華紡績公司の事例からその実態を明らかにした。(3)については、Xiaocai Fengが1950年代の私営企業の社会主義改造の実行過程における中共の政策と企業経営者の関係を論じ、Jun Kajimaがセメント産業を事例に計画経済下の企業行動の事例を提示して、計画経済下における企業研究の新たな可能性を示唆した(筆者は本セッションで司会を担当しただけであったので、組織者の横浜国立大学経済学部加島潤氏に以上の文章を寄せていただいた)。