世界経済史会議報告(6)

世界経済史会議報告(6)

Diversity of Development からWaves of Globalizationへ

城山智子(東京大学)

 

経済史班メンバーによる第17回世界経済史会議報告シリーズの第1回で、同会議の国内組織委員会の委員長を務めた岡崎哲二氏が既に言及しておられるように、会議には、共通テーマとして“Diversity of Development”が設定されていた。私事にて恐縮だが、私は事務局長を拝命していたため、このテーマ設定にも関わることとなった。参加を考えている各国の研究者達が最初にアクセスする、会議の表玄関とも言えるウェブサイトを2013年に開設するに当たって、南アフリカのステレンボッシュで行われた第16回会議のテーマである “The Roots of Development”を受けて、どのようなメッセージを発信するか、委員会メンバー間で何度もメールのやり取りをして議論を重ねた。こうして国内組織委員会が決定した共通テーマに、セッションを選抜する国際経済史学会の執行委員会は、縛られる訳ではない。しかし、このテーマが、世界経済の緊密な連鎖=グローバル化が進行する中での多様な発展径路のあり方といった、近年来、多くの研究者に共有されている問題関心と重なるものであったこともあり、会議では様々な多様性を時代や地域の間で比較するセッションが数多く開かれることとなった。多様性に含意される、異質なものや未知の事象に対する関心の高さは、開会式と閉会式との間で、ほとんど参加者数が変わらなかったこと、すなわち、恐らく多くの人々が自らの発表を終えても、他のセッションを聞きに行っていたことからも窺える。翻って、ウェブサイトからプログラム、コンファレンス・バックに至るまで、会議のロゴと共に掲げられた“Diversity of Development”というテーマは、そうしたオープンな交流を喚起するのに、少なからず寄与したのではないかと思う。

私が村上衛氏(京都大学人文科学研究所)と共同で、国内外の研究者の協力を得て組織したセッション“Formation of Logistics Clusters in the Age of Global Trade Expansion: The Cases in Asia from the 19th to the 20th Century”も、同時代にアジア域内で発展を遂げた流通サービスの集積地間の比較を、問題関心として共有していた。19世紀半ばを画期に、世界貿易は、貿易量の増大、品目の多様化、広がりとスピードといったあらゆる面で大きな変化を遂げた。その主因として、自由貿易原則の適用と並んで、交通・通信技術の革新は、輸送コスト低減との関係でつとに指摘されている。しかし、アジア経済史研究では、近代技術の導入後、どの様に伝統的な陸海運・河川交通を用いた流通のボトルネックが解消され、輸出入が増加したのかは、必ずしも実証的に明らかにされてはいない。「より多く、より速く、より遠くまで」物を運ぶ技術が導入された時、在地の物流システムはどのように対応したのか。本セッションは、アジア域内の重要な港湾都市である、香港・汕頭(Chi Cheung CHOI, “The port and the hub: Building of Shantou treaty port and the Teochew trading network in the late Qing and early Republican period”)、シンガポール(Atsushi KOBAYASHI, “Trade Growth and International Banks in Singapore, c.1820s-1913”, Keng We KOH, “Ports, Infrastructure, and Power in the Malay world: Contextualizing the Rise of 19th-century Singapore as a Regional and Global Logistics Cluster”)、ペナン(Sundar VADLAMDI, “Servicing an Entrepôt: Tamil Muslims and Shipping Services in Penang, 19th-20th Centuries”)、カルカッタ(Koichiro HARA, “The Role of Calcutta in Opium Export ,c.1870-1910”)、ボンベイ(Michihiro OGAWA, “The Development of the Port City ‘Bombay’ after the opening of the Great Indian Peninsula Railway in 1853”)の比較研究を通じて、この問題に考察を加えた。そこでの狙いの一つは、都市そのものを比較するのではなく、それらが貿易・交易のハブとして機能するにいたるプロセスを明らかにすることであった。各ペーパーは、それぞれの都市で、新技術に対応可能な港湾設備や鉄道などのハードインフラの整備や金融・通貨システムの制度設計などへの初期投資に、植民地政庁や中央政府、現地官僚、ローカルエリート等、官民が交差しながら関与する態様を明らかにした。一方、そうした最初の技術的・制度的ブレークスルーの後に、内外の輸送業者、小売・卸売商、保険を含む金融業といった流通サービスが集積し、logistics cluster(流通クラスター)として高い競争力を有するに至るプロセスには、共通する特徴を指摘することもできる。先進技術が海外から移転された時、如何に既存の経済システムを改革して対応し、生産性の向上を実現させるか、という「キャッチアップ」の問題は、従来、近代工業化を中心として議論されてきた。しかし、同じく交通技術に関しても、物流システム全体のキャッチアップの問題は存在し、また、流通部門の改革がなければ生産部門でのキャッチアップも成長に結びつくことは難しいと考えられる。本セッションは、生産から流通にキャッチアップの視点を移して、19世紀以降の世界経済に考察を加えるものでもあった。

第17回世界経済史会議セッションの成果を踏まえて、「新興国の政治と経済発展の相互関係の解明」という研究課題にも、貢献していきたいと考えている。特に、2012年に世界コンテナ貨物量の上位三位を占めた上海、シンガポール、香港を始めとして、19世紀に開発されたアジアの港湾都市が、100年以上に亘って地域・世界の流通の中で枢要な役割を果たし続けていることは注目される。第二次世界大戦以降の、植民地の独立や社会主義体制の成立、といった大きな政治変動に、流通クラスターがどのように対応し、その経済的機能を維持してきたのかは、歴史研究と現代分析をつなぐ重要な研究テーマである。このように研究の今後の展開について考えを巡らせていたところ、2018年7月にボストンで開催される第18回世界経済史会議が、 “Waves of Globalization”を共通テーマとすることが発表された。会議のウェブサイト(www.wehc2018.org)で述べられているように、現代社会経済を特徴づける多様で多岐にわたる様々な関係性を形作ってきた、「いくつものグローバル化の波」(many waves of globalization)への問題関心は、第16回の“The Roots of Development”と第17回の“Diversity of Development”を引き継いでいる。学会全体として、数年にわたって問題意識の深化が図られているのは、非常に有意義なことである。私たちのグループの、アジアの流通クラスターに関する研究プロジェクトも、19世紀のグローバル化のその後の展開について、第18回世界経済史会議で発表する機会を得られればと考えている。

 

以上