新興するアフリカの農業投入財市場と「レモン財」問題

新興するアフリカの農業投入財市場と「レモン財」問題

松本朋哉(政策研究大学院大学)

 

最近アフリカの幾つかの地域において、集約農法に欠かせない化学肥料、農薬、高収量種子などの農業投入財の低品質品、紛い物などの所謂「レモン財」が問題になっている[i]。深刻な地域では、農業投入財に対する農民の投資意欲が市場に氾濫するレモン財のために削がれ、集約農法を支える技術の普及の足かせとなっていると言われている。

1960年代以降、アジアの多くの地域で、集約農法が普及し生産性が堅調に伸びているのとは対照的に、サブサハラ・アフリカの多くの地域では、集約農業に欠かせない農業投入財の使用量が、長らく他の地域に比べ極端に低い状態で生産性も停滞していた(例えば、2008年に発行した世界銀行の世界開発報告に詳しい)。しかし、最近変化の兆しが見えつつある。サブサハラ・アフリカにおいて、集約農法で用いられる農業投入財に対する需要が漸く増え始めているのだ。図1は、サブサハラ・アフリカの窒素系肥料の輸入量の集計値(2000年値を100とする指数値)の時系列変化を示しているが、2000年前後から急速に増加し、2013年には2000年の輸入量の3倍にまで増加している[ii]。アフリカでもいよいよ粗放農業から集約農業への転換が起こりつつあるようだ。

こうした農業投入財の流通量の急速な増加が、市場に出回る低品質な農業投入財の問題発生の大きな原因である。そもそも需要のないところでは、偽物を作っても儲からないので不正農業投入財を製造・流通させる悪質業者も現れない。最近の需要増を背景に、短期的な利益の獲得を狙った悪徳業者の参入が起こったり、製品の輸送や保存のための技術や施設が整っていない状況で製品が流通したりしているために、結果として、不純物を混ぜたニセ肥料、高収量を謳った模造ハイブリッド種子、使用期限を過ぎ成分が変質した肥料・農薬などが多数出回っているのだ[iii]

例えば、Boldらのウガンダに関する最新の研究によると、農業投入財の品質を検証するために市場から調達した化学肥料の30%が成分不足で、高収量が期待されるメイズのハイブリッド種の半分が紛い物であった。この様に市場に出回る農業投入財の中に高い確率で低品質品が混じっているせいで、その投資収益率はバラつきが大きく、平均収益率は結局マイナスであった。もし、紛い物でない本物の投入財が使われたとしたら、収益率は50%に達するだろうとも予測している(Bold et al., 2015)。レモン財が農業生産増大の機会を大きく損ねているのだ。他の国を対象とする研究でも、低品質で粗悪な農業投入財の深刻さを伝えている(例えば、Sanabria et al., 2013 は西アフリカの事例に詳しい)。

新興市場におけるレモン財の問題は、アフリカ固有のものではない。そもそも、肥料、農薬、高収量品種などの投入財は、その外見から中身の質がわかりにくいために、一部の業者が短期的な利益のために、不正な商品を売り逃げするということが起こり易い。一旦不正品が市場に氾濫すると購入者は、不正品を掴まされることを恐れ買い控えするので、市場全体が縮小してしまう。購入者と販売者の情報の非対称性に起因する市場の失敗の典型例だ。また、レモン財排除のための制度も整備されていない新興市場では特に起こり易い問題と言えよう。

アフリカ各国政府の対策は、緒に就いたばかりで有効な手立てが見つからず、今まさに効果のある方策を探索しているというのが実情である。粗悪品を規制する法律は制定したが、品質を検査する制度が整備されていなかったり、罰則の実施が不完全であったり、人材不足、資金不足のために制度を運用できていなかったりという状況だ[iv]。民間の対応としては、一般的には、サプライヤー側の対策としてブランド化を通じて自社商品を他社と差別化することや特約店化を通じて商品のトレーサビリティーを高めることで顧客を囲い込むという方策が考えられる。また、消費者の対応としては、農民組合を形成し、共同購入を行ったり自主的に成分検査を依頼したりするという対策などが考えられる。しかしそうした対応も今の所限定的にしか見られない。

不正農業投入財対策が功を奏すためには、まだいくつもの困難がありそうだが、レモン財排除のために今アフリカで注目を浴びている取り組みがある。ICT技術を使った革新的な取り組みだ。現在、国際肥料開発センターとクロップ・ライフ・ウガンダは共同で、肥料やその他の農業投入財の真贋を瞬時に検証するモバイルシステム(Mobile Authentication System、略称MAS)を開発し、試験運用している。これは、農民が購入した投入財のパッケージ内のシリアル番号を携帯のショートテキストでシステムに送付すると、その商品が特定メーカーの純正品か否かという情報が直ちに返信される仕組みになっている。携帯電話はすでに広く普及しているので、モバイル技術を用いたこの新しい試みは、アフリカ農村でも安価に利用可能なサービスである。レモン財を排除するために有効に機能し得る有望な方策であろう。

現在、不正農業投入財の問題が顕在化、深刻化するアフリカの国々ではあるが、有用な技術を有効に利用することで、比較的安価で短期間のうちにレモン財を排除できる可能性がある。そうなれば、アフリカでの「緑の革命」の成功への後押しとなることは間違いない。

 

参考文献

Karingu, A. W., Ngugi, P. K., 2013. “Determinants of the Infiltration of Counterfeit Agro-Based Products in Kenya: A Case of Suppliers in Nairobi,” International Journal of Social Sciences and Entrepreneurship, 1(5), 28-36.

Liverpool-Tasie, Saweda L.O., Auchan, Abba A., Banful, Afua B., 2010. “An Assessment of Fertilizer Quality Regulation in Nigeria,”  Nigeria Strategy Support Program (NSSP) of the International Food Policy Research Institute, Report 09.

Mbowa, Swaibu, Luswata, Kizza-Charles, Bulegeya, Komayombi, ”Are Ugandan Farmers Using the Right Quality Inorganic Fertilizers?” Policy Brief of Ministry of Agriculture, Animal Industry and Fisheries of Uganda, 56, March 2015.

Sanabria, Joaquin, Dimithe, Georges, Alognikou Emmanuel K.M., 2013. “The Quality of Fertilizer Traded in West Africa: Evidence for Stronger Control.”

 

図1 サブサハラ・アフリカの窒素系肥料の輸入量の変化(1961-2013)

注)FAO資料の国別データを集計し筆者作成。


[i] 英語で「lemon」は、低品質品あるいは紛い物の意味で使われることがある。果物のレモンがその外見から中身の質を判断しづらいということから派生した用法。ノーベル経済学賞を受賞したAkerlof (1970)が中古車市場における売り手と買い手の「情報の非対称性」による市場の失敗に関する論文で、そのタイトルを 「The Market for “Lemons”」としたことで良く知られている。

[ii] 化学肥料産業は資本集約的で、その生産に規模の経済が大きく働くので、大規模工場での製造が有利となり、そうした企業が生産する製品が競争力を持つ.そのためアフリカでの化学肥料の生産の規模は輸入に比べ著しく小さい.例えば、2002年のFAOのデータによると同地域の生産量は177千トン、一方、輸入量は1400千トンとなっている.したがって、同地域での輸入量の変化を観察することで需要量の変化が大凡わかる.

[iii] 他にも、西アフリカ5ヵ国を対象に化学肥料の品質を調査したSanabria, et al. (2013)やウガンダの事例を調査したMbowa et al.(2015)などに詳しい。

[iv] Liverpool-Tasie et al.(2013)はナイジェリアの政府の対応の事例を、Karingu and Ngug (2013) ではケニアの事例を報告している。