新興アフリカの変化する農業:技術普及に果たす農民組合の役割と課題

新興アフリカの変化する農業:技術普及に果たす農民組合の役割と課題

 

松本朋哉 (政策研究大学院大学)

 

ここ数年、ケニアで農村調査のためにナイロビから地方へ行く道すがら、よく見かけるようになったものがある。小さな温室だ。小規模農家がトマトやピーマン(capsicum)などの園芸作物を生産している。ケニアでは20-30年前からバラなどの輸出用切花の生産が盛んで、地方をドライブしていると1棟1ha-2haもの大きな温室が何棟も並ぶ光景に出くわすことがある。しかし、そうした温室とは全く別物だ。小さな温室の多くは、既成品を組み立てたものではなく、骨組みが木製で中古のビニールシートを使い自作した少し不格好なものだ。自作することで既成品を購入する場合の1/2から1/3の費用で温室栽培が始められると言う。

温室栽培にしろ露地栽培にしろ小規模農家の間で園芸作物の生産は確実に増えている。特に、水を安定的に確保でき、市場へのアクセスの良いところではそれが顕著だ。都市部での生鮮野菜や果物などの需要が大きく伸びているためだ。意欲的な農家は、新しい作物にもどんどんチャレンジし、利益の機会を覗っている。そうした農家が新しい作物や農法を知るのは、種子メーカーや輸出業者など民間業者が行うワークショップ、農業省やNGOなど公的機関が行っているトレーニングプログラムなどの役割が大きい。(中には農業の専門雑誌やインターネットで情報を仕入れるとかいう先進的な農家もいるが、ごく少数派だ。)

ワークショップなどを通じての農業普及活動は、政府に登録してある農民組合を通じて行われることが多い。政府が農業プロジェクトなどを円滑に行えるようにと農民組合を組織することを推奨しているため、今ケニアには多くの農民組合がある。組合は自主的に地域の人々で組織され、その規模は大小様々であるが10人から50人くらいのものが多い。100人以上が加盟している大きな組合もある。組合は地域農民の相互扶助を目的としているケースもあるし、特定の農業活動を目的としたものもある。例えば、「O△地区自助組合」「XO酪農家組合」、「△X花卉生産者組合」といった具合だ。

政府機関や民間業者が主導する農業の技術普及活動は、組合を通して実施することで効率性が大幅に上がる。組合長を通じて組合員に情報伝達を行ったり、組合員のための実演指導のワークショップのアレンジを組合長に依頼したりできるからだ。組合の役割は、技術普及プログラムの窓口としての機能だけではない。上手く機能すれば、組合として販売活動を行ったり、インプットの購入を行ったりすることができ、製品流通の側面で規模の経済性を活かして流通コストを削減できる。また、零細農家が個人では到底持つことができない交渉力を、組合として活動することで獲得し、買い手・売り手に対し良い条件で取引できる可能性もある。

しかし、そうした組合員の協調行動(collective action)はなかなか上手く行かないのも常である。筆者が、今年(2016年)の2月にかねてより親交のある園芸作物の生産者組合の組合長の家を訪れた際に目にした光景は、とても興味深いものの、協調行動の難しさを再認識させられるものだった。

訪問した農民組合の組合長の家は、ナイロビから車で1時間程行ったところにあるセントラル県のリムルという街から、さらに車で1時間程の所にある。大きな国道から脇道に入り、何十年も補修されていないであろう穴ぼこだらけの舗装道路を通り、未舗装路に出て暫く行くとたどり着く。セントラル県は農業用灌漑施設が比較的整備されていて、組合長の畑にもパイプが通っていて、スプリンクラーが設置されている。

彼の畑には、かねてより滴下灌漑の設備のある温室がある。2011年に政府機関のプロジェクトで組合に提供されたものだ。そのプロジェクトでは、小規模農家の切花生産の普及促進を目指し、選ばれた幾つかの花生産を行っている組合に温室と花の苗木を提供していた。そこで組合員に花の生産についての実地研修をして、生産知識を学んでもらおうという試みだ。しかし、その後、その温室では植物に病気が発生したことと生花の販路を確保できないという理由で、花の生産が行われなくなった。また、花の生産のために提供された施設だからという理由で、他の作物を作ることが認められなかったこともあり、花生産を止めた後暫くの間その施設は何も使われずに放置された状態だった。その後、度々の組合長の申し入れに、政府機関が折れる形で、作物の指定は解除され、トマトやピーマンを生産できるようになっていた。

今回2月に訪れた際には、何とその温室の隣に組合長の自前の温室が立っていた。組合長が地元の大工にお願いして、木の骨組みで中古のビニールシートを使った温室を作っていたのだ。そして隣り合う二つの温室の中を見比べて驚いた。この二つの温室でほぼ同じ環境で、同じもの(ピーマン)を作ってるのに、片方は見事に成長していて、もう一方の温室のものは見るからに病気がちで、生育不良であった。勿論、作物が見事に成長していたのが組合長の個人所有の温室だ。グループ所有の温室は、みんなの責任となると誰も責任をとらない「連帯責任は無責任」状態に陥っていた。あの実り具合からいって、恐らくグループ所有の温室からは、今シーズンコストを上回るだけの売上は得られなかったであろう。共同所有の温室は、利益追求のためではなく技術普及の目的で提供されたものではあるが、運用が杜撰で作物の生育もままならなければ、組合員は何も学べない。実はこのグループだけでなく、政府のプロジェクトで温室をもらったグループの多くが、温室を有効活用できていない。プロジェクトとしては大失敗と言わざるを得ない。予算を確保できたからという理由で、考えなしにプロジェクトを実行した結果だ。政府機関が実施する援助事業に良くある話だ。

問題は、「組合員の誰かが作業してくれるから自分はできるだけしたくない、でも成果の分け前は欲しい」とみんなが思っていて、結局誰も作業をせず実りも少ないという結果に陥ってしまったところにある。典型的なフリーライドの問題である。ソ連の集団農業や中国の人民公社が大失敗したのと根本は同じ理屈だ。それを解決する一つの方策は、グループの管理責任と利権を私的なものに移行させることだが、温室は小さいので分割してそれぞれのメンバーがさらに小さい区画を維持管理するということは難しいし、できたとしてもあまりにも効率が悪い。そこで、グループの全員ではなく少数あるいは一人の私的管理に移行させ、その代わり利権を放棄したメンバーには金銭で補償するという方策が考えられる。つまり「利権を放棄してくれたらお金をあげるよ」と潜在的なフリーライダーと契約することである。組合長にはグループの皆んなに小金を払って、組合長の責任で維持管理した方が良いのではないかと提言しておいた。

経済学的に言うと外部性の内部化といって、理論的には効率性が改善されるはずだ。うまくいくだろうか?心配なのは、私的管理に移行したあとに大きな利益が出始めたら、他のメンバーが事後的に「グループ所有」の温室で利益がたくさん出たのに、分け前なしなんて組合長はずるいと騒ぎ出したりすることだ。契約理論の例で出てくる「不完備契約」による「再交渉」の可能性があるケースだ。騒ぎ出さないように、最初から大目の補償金を用意したり、事前に口約束ではなく文書できっかり契約したりするのも手だ。実際にどういう結果になるかは、理論的な予測は難しいので、補償金をいくらにするか、契約はどういう形態・内容にするかの匙加減は、現場での成り行きを観察しつつ判断していくしかない。何事かを成功させるには、観察し思考し調整するというプロセスを再帰的に繰り返す作業が肝要ということだろう。

 

滴下灌漑用貯水タンクと温室

ケニアの小規模農家による温室でのトマト栽培

ピーマン栽培