新興国の産業とネットワーク科学的アプローチ

新興国の産業とネットワーク科学的アプローチ

鬼頭 朋見(筑波大学・助教授)

 

複雑な物事を理解するには「まずそれを構成する要素に分解し、それら要素を網羅的に調べ、後に統合する」というのが、デカルトの方法序説にも提示される還元主義だ。しかし、実は要素同士が互いに影響を及ぼし合っており、要素各々を十分に理解したからといって全体は必ずしも捉えきれない、という事象(「創発」と呼ばれる)は、実世界に生きる誰もが経験しているだろう。例えば、私達の体は細胞の集まりで出来ているが、細胞を何兆個かき集めてもそれだけでは人間にはならない。渋滞は、自動車1台1台の機構や動きが分かっているだけでは説明がつかない。一人一人は良い子なのに、なぜか集まると良からぬことをする、等々… 私達が住む複雑な世界は、多様な個体とそれらの間の関係性から出来ているのだ。さらに、その関係性が織り成す所謂“ネットワーク”の構造が、全体および要素の機能・効率・重要性といった様々な性質に影響を及ぼすということが、近年めざましい発展を見せるネットワーク科学の研究によって明らかになってきている。

このような視点は、国の発展を考える際にも決して無関係ではない。ある国の発展はその国の持つ資源や技術に依るが、資源や技術の重要度は独立に定義されるものではなく、他の国の資源や技術、そしてそれらの国の間の関係性にも依存する。実際、国家間貿易のデータにネットワーク科学的アプローチを適用した研究(例えば[1][2])では、国家間の関係性だけではなく産業間の関係性にも注目して、新たなネットワークを構築している。つまり、「ある産業Aに強い国はBにも手を広げやすい=産業AとBは繋がりが強い」「とある国が産業CとDに特化しているが、Cは他にも多くの国が注力しているのに対し、Dに強い国は他にあまりない=Dがその国の主要産業である」というように、本来切り離せないにも拘らず従来の分析では別々に扱われてきた国と産業の関係性を、包括的かつ体系的に捉えているのである。複雑な議論になるのでここでは詳細は説明しないが(詳しくは参考文献を参照されたい)、これらの研究は、先進国とアジア新興諸国、アフリカ新興諸国など各々の産業構成の違いを明らかにし、さらにそれぞれの新興国がどのような発展の経路を辿るかの予測につながる示唆も提示している。ネットワークアプローチにより関係性を陽に捉えることで、従来の研究アプローチでは見られなかった新たな可能性を我々に見せてくれた好例である。

また、ネットワーク構造の違いに関する研究も一つ紹介したい。筆者自身の研究の紹介になってしまうが、我々はここ数年、大規模な実データを用いて自動車産業サプライネットワークの構造解析をおこなってきた[3](ここで言うサプライネットワークとは、サプライヤが自動車部品を製造・納入、そのサプライヤがさらに部品を製造ないし加工・組立し納入…といった企業間の取引関係から成るネットワークで、当然最上位に自動車メーカが存在する)。震災で僅かなサプライヤが操業停止したことで世界中の自動車生産が止まってしまったような事例からも、企業同士がどのように繋がり合っているかを知る事は急務となっている。また別の観点からは、電気産業においては部品の標準化・モジュール化が進んだことで、アジア諸国の企業が台頭し日本企業が劣勢となってしまったとされるが、それならば昨今の自動車の電子・電気化により、自動車産業にも同様の事態が起きるのではないかという(日本企業にとっての)懸念もある。果たしてサプライネットワークはどのような構造をしているのだろうか?それは電気産業と類似していて、新進諸国の企業の参入が進む可能性を示唆するものなのだろうか?

我々の解析から見えてきたのは、サプライネットワークが複数のサブネットワーク(企業クラスタ、企業モジュールとも呼べる)の繋がりから構成されており、そしてそれらのサブネットワークが成り立ちの違いを反映し多様な構造を呈しているという事実である。例えば、自動車産業の中で電気・電子部品を製造する企業群が形成するサブネットワークと、エンジン部品の製造に携わる企業群が形成するサブネットワークは、明らかに異なる構造的特徴を示している。このことから、企業間関係の“電気産業型”は製品の高モジュール性を反映しており、新進諸国企業にとっての参入障壁の低さを示唆する一方、自動車産業全体は必ずしもこの形を呈しておらず、従って日本の自動車産業が辿る道は電気産業のそれとは異なるであろうと考えられる(勿論、より明確な結論を導くには更なる詳細な解析が必要であるが)。

このような研究を踏まえると、様々な新興諸国の産業ネットワーク構造を捉えられれば、そこから産業発展(及び衰退)の予測や、或いは産業構造転換の戦略立案などの実現に大きく近づけるのではないかという考えも、あながち無謀ではないと思える。複雑多様な経済社会をネットワーク的視点で見つめることは、従来見過ごされてきた「関係性」というものに焦点を当て現実をより多面的に捉えられるだけでなく、分野の壁を超えた広い視野を私達に与えてくれる。

 

参考文献

[1] Hidalgo, C.A. and Hausmann, R. (2009), “The building blocks of economic complexity,” Proceedings of National Academy of Sciences, Vol.106, No.26, pp.10570-10575.

[2] Hidalgo, C.A., Klinger, B., Barabási, A.-L., and Hausmann, R. (2007), “The product space conditions the development of nations,” Science, Vol.317, pp.482-487.

[3] Kito, T., Brintrup, A., New, S., and Reed-Tsochas, F. (2014), “The structure of the Toyota supply network: An empirical analysis,” Saïd Business School WP 2014-3. Available at SSRN: http://dx.doi.org/10.2139/ssrn.2412512

以上