東南アジアにおけるセキュリティの民営化比較

東南アジアにおけるセキュリティの民営化比較

岡本正明 (京都大学)

 

近代国家とは何かを考えた場合、今でも、マックス・ウェーバーの定義、「国家とは、ある一定の領域の内部で正当な物理的暴力行使の独占を(実効的に)要求する人間共同体」というものが利用されることが多い。そして、その組織的、機構的表現形態が軍であり警察であるから、国家と暴力を考える場合、その主たる対象は軍、警察であることが多い。ただし、ウェーバーの定義にはまだ続きがある。それは、「国家以外のすべての団体や個人に対しては、国家の側で許容した範囲内でしか、物理的暴力行使の権利が認められない」という部分である。

この部分を読み替えれば、国家が許容する範囲内であれば、国家以外のすべての団体や個人は物理的暴力行使の権利が認められるということである。それでは、こうした権利を積極的に行使する団体にはどういったものがあるであろうか。典型例は、冷戦後に急増した戦争請負会社や民間軍事会社であろう。極度に緊張感のある戦場で任務遂行する民間軍事会社の存在はセンセーショナルでもあり、民営化、規制緩和というヘゲモニックなルールが暴力の分野にまで及んだことを示しており、多くの研究者の関心を呼んできた。

しかし、もっと日常的な国内における暴力の民営化、もっと広く言えば、セキュリティの民営化について、暴力をめぐる国家と社会のせめぎあいという視点で論じた研究はまだあまりない。それぞれの国家の特徴や能力を考える場合、国家がどこまで戦場で暴力の民営化を許容するのかという視点に加え、日常的な社会生活レベルで国家がどこまで民間アクターに暴力を行使する権利を認めるのか、放任しているのかという視点も重要である。この国家と社会の間での暴力をめぐるせめぎあいに関与するアクターとしては、政治社会が不安定なときには、民兵団、私兵団などが目につく。日本だと、国家(の一部のアクター)とフォーマル、インフォーマルに関係を取り結んでいた終戦後の任侠集団や愚連隊などが該当するであろう。一方、政治社会が安定しているときには、民兵団や任侠集団は反社会的存在と位置づけられて国家から許容され難くなり、フォーマルな形式を取る警備会社が重要なアクターとなる。場合によっては、民兵団や任侠集団がこうした警備会社に化けていく。本研究はこうした警備会社に着目する。

日本でも東南アジアでも、警察と異なる制服を着ている警備員は日常的な風景の一部である。ホテル、アパートやショッピング・モールの入り口にいるし、工場入口にもいる。塀で囲われた住宅地の入り口にも詰め所に彼らは控えている。警察官よりも巷で目につく彼らは、言ってみれば、日常生活の最前線セキュリティ・プロバイダーである。表1の警備員数と警察官数を比較すれば分かるように、量的にも各国で警備員数が警察官数を凌駕している。それでは、東南アジアの各国は、こうした警備員、あるいは警備員を雇用している警備会社に対して、歴史的に、どのような規制を作り(、作らず)、何をどこまで認めてきたのであろうか。また、こうした規制はどこまで実効性を持ってきたのであろうか。こうした点を比較の視点で検討することで、暴力を通した国家と社会の関係の変遷を明らかにすることが本研究の目的である。この短いエッセイではその研究の一端を紹介したい。

再び表1を見てもらいたい。これは、フィリピン、マレーシア、シンガポール、インドネシア、タイ、ミャンマー六カ国における警備会社、警備員関連の基本情報である。警備業に関して法整備が比較的早いのが、フィリピン、マレーシア、シンガポールである。少し遅れてインドネシアが法整備に乗り出した。驚くべきことに、タイ、ミャンマーについては現在、整備しようという段階である。早い段階で整備したフィリピンとマレーシアでは警備員による火器の携帯を認めており、シンガポールでは半官半民の警備会社には火器の携帯を認めている。インドネシアでは1980年に出された警備員に関する警察庁長官決定では火器の携帯を認めていたが、後に認められなくなった。タイ、ミャンマーは法令がないけれども、一般法により火器の携帯は認めていない。

最も早い時期に法整備を始めたフィリピンは、1969年に「私立探偵、警備員、警備会社の組織と業務を規制する共和国法第5487号」を制定した。当時は、イロコス、ビサヤ、ミンダナオなどで政治家一族たちが、選挙戦などに備えて自らが雇っている私兵団を警備会社に仕立て上げていた。そうした警備会社の実態は私兵団であり、会社設立は武器所有を合法化するためだけになされたといえる。フィリピン政府はその状況を打開するために、一警備会社の雇用者数を千人以下に制限するなどの規制をかけたようとして第5487号法を制定した。しかし、この法は最大で千人まで雇用して良いとも解釈でき、地方の政治家一族にとっては何の障害ともならず、私兵団=警備会社という等式そのものを崩すには至らなかった。

フィリピンに続いて、政党による権威主義体制を樹立したマレーシアとシンガポールがそれぞれ1971年に「プライベート・エージェンシーに関する第27号法」と1973年に「警備業の関する第17号法」を制定した。マレーシアの場合、警備会社は、警察や軍の高官、それに相当するようなセキュリティ・セクターに従事経験のある公務員に対して、同社の株式を3割所有することを義務づけた。そうすることで警備会社への管理をしようとしたのである。

興味深いのは軍が国政の重要アクターであるインドネシア、タイ、ミャンマーの方が警備業整備への取り組みが遅いことである。インドネシアはスハルト権威主義体制半ばの1981年に「警備員指導実施指針についての警察庁長官決定」という形でようやく警備業の管理を始めたにすぎない。当時は警備会社の設立は認めず、個別の企業が独自に地域のコミュニティなどから警備員を雇用することしか認めなかった。建前上は、警備会社がマフィア化して、巨大化した警備会社が民間企業に警備員の雇用を迫り、しかも、その警備員が同企業に損害を与えることを恐れていたためである。しかし、実際には、権威主義体制下で圧倒的影響力を持っていた国軍が警備会社の設立に反対していたことがこうした決定の背景にあったのであろう。国軍の各部隊や師団が民間企業の警備役を買って出ており、警備会社の設立はこうした国軍ビジネスにとっては脅威に映ったのである。

軍が重要な政治アクターであり続けているタイでは、警備員が大きな犯罪をおかすたびに警備業法を定める動きが盛り上がるものの、今に至るまで法案段階で止まったままである。退役警察官が警備会社を作っている場合が多く、そうした会社は法制が整うと不都合なのかもしれない。例えば、現在の規制では、ミャンマー、ラオス、カンボジア諸国からの労働者は警備員として働くことができない。タイ国籍を有しているもののみが警備員になることができる。しかし、実態は、こうした諸外国の労働者を低賃金で警備員として雇っているケースが多い。警備会社からすれば、その是正が警備業法で義務付けられれば経済的損失が多くなるので反対している可能性が高い。

2010年になってようやく民主化に動き出したミャンマーでは、それまで軍、そして軍の統制下にある警察が治安維持を担っており、そもそも警備会社は1995年に退役軍人が作った一社だけしかなかったので、警備業法を作る必要さえなかった。

このように、マレーシア、シンガポール、タイ、インドネシア、ミャンマーを比較してみると、権威主義体制であっても、政党が中心の政治体制のほうが警備会社へのフォーマルな統制に積極的であった。

それでは、政治経済体制と警備業の関係はどうであろうか。今回の六カ国を比べると、民主主義と経済自由主義が警備業の成長を促す傾向が強い。フィリピンでは、1986年のマルコス体制の崩壊とその後の不安定な状況が警備の需要を増やした。また、民主化と共に始まった経済自由化がセキュリティ分野にも及んだ。そのため警備会社は増え続け、2013年には1800社存在している。

同様のことは、インドネシアにおける1998年のスハルト体制崩壊後についても言える。スハルト体制崩壊後の政治的不安定と民主化、更には経済自由化が警備会社の急増をもたらした。2002年の警察法でようやく警備会社の存在が公的に認められる前から警備会社が誕生し始めた。そして、2013年には998社を数えるまでになった。ミャンマーの場合はどうであろうか。先述したように1995年に最も古い警備会社が誕生した後、2009年に一社増えた。その後、2010年に始まるテインセイン政権下で民主化、経済自由化が始まると警備会社が増え始め、2014年段階では23社ほど存在している。

さて、この警備員であるが、およそどの国においても肉体がある程度健康であれば学歴もさして問われることなく誰でもなれる。ただ、それだけに警備員の給与は最低ランクであり、短期的な契約ベースで雇用されることが多く、いつでも交換可能な労働者という位置づけしかないことが多い。離職率は高い。農村部から都市部に出てきた最初の仕事であったり、定年退職後の仕事であることがよくある。工場のセキュリティーを守るはずが自ら工員と結託して窃盗するケースもあれば、警備のノウハウを知らない警備員が警備にあたっていることも珍しくない。

国家にすれば、警察よりも警備会社に日常的なセキュリティーを委ねたほうが安上がりとはいえ、警備員の能力が低ければ治安の悪化につながってしまう。だからこそ、どの国家も警備員のプロフェッショナリズムの強化を声高に叫んでいる。そして国家の民間セキュリティーへのコントロールは警備会社のみならず、警備員に及び、彼らにカリキュラムに沿ったトレーニングを施してプロ精神にあふれる警備員を生み出そうとしている。しかし、警備員にお金をかければかけるほど、警備コストもあがってしまう。日本の最先端企業であり東南アジアにも進出している警備会社セコムのようにセキュリティーの機械化を推進することも考えられる。それでもコスト高は避けられない。今後、東南アジアにおいては、機械化されたセキュリティ、プロ警備員のいるセキュリティを雇用できる企業なり住宅地と暴力団まがいの警備員しか雇用できない企業なり住宅地という二分化がますます進んでいくのかもしれない。そうなれば、社会の格差はいっそう露骨に空間の格差になって現れていくであろう。

表1:東南アジア六カ国の警備会社、警備員基本情報
管轄官庁 基本法令の種類(制定年) 火器携帯 警備会社設立認可 警備会社数 警備員数 警察官数
フィリピン 国家警察警備会社・警備員監督局 法律(1969) 1,800 (2013) 230,000 (2013) 160,000 (2015)
マレーシア 内務省警備・公共秩序局 法律(1971) 751 (2013) 150,000 (2013) 102,000 (2014)
シンガポール 共和国警察認可規制局(PLRD) 法律(1973) △* 275 (2013) 60,000 (2013) 40,000 (2014)
インドネシア 国家警察住民指導部(Binmas) 警察庁長官決定(1980)→法律(2002) ○→☓ 998 (2013) 500,000 (2013) 400,000 (2014)
タイ 作成中 × × 1,000-2,000 (2014) 250,000-350,000 (2014) 230,000 (2014)
ミャンマー ミャンマー投資委員会** 検討中 23? (2014) ? 93,000 (2012)
日本 警察庁生活安全局 法律(1972) 9,240 (2014) 537,285 (2015) 293,588 (2013)
[出展:筆者作成]
*国有企業Certis Ciscoなど補助警察として認められた企業のみ火器携帯可
**一般の企業としての登録だけですんでいるため