モバイル革命と東アフリカ農村の変貌(1)

政策研究大学院大学 松本朋哉

 

 私は2005年にケニアの地を踏んで以来、東アフリカの多くの農村を調査のために訪問した。わずか10年弱であるが、この間の社会・経済環境の変化は大きく、その変化を調査の度に肌で感じてきた。このコラムでは、激変のアフリカ事情、特に調査での思い入れの深いケニア・ウガンダの農村について紹介したい。

 私の所属している政策研究大学院大学では、現地の協力研究機関と連携し東アフリカ農村(ケニア・ウガンダ・エチオピア)の家計調査プロジェクト(Research on Poverty, Environment, and Agricultural Technologies、略称RePEAT)を2003年以降継続して行っている。プロジェクトでは、ケニア・ウガンダでそれぞれ約90の村落の900件、エチオピアで約40村落の400件の農村家計を対象とし、同じ家計を数年おきに追跡調査する、いわゆるパネル調査を実施している。パネル調査の利点は、家計の暮らしぶりの変化を「定点観測」できる点にある。どんな要因が、所得の増減に寄与したのか、農業生産性の変化をもたらしたのか、観察されたデータから同定し易いのだ。

 農村の暮らしで最も変化が劇的だったのは、携帯電話網が整備され、携帯電話が普及したことであろう[1]。現在、我々が対象としているケニア・ウガンダのどの調査地に行っても携帯電話が使える。調査で村を訪れる際は、事前に村のリーダーに電話で約束を取り付けてから訪問する。農村で固定電話を使える所は皆無に等しいので、以前は事前に連絡を取る手段が無く、目的の人物に会えないこともしばしばであった。それに比べると随分と調査の効率が上がった。因に2004年のケニアのRePEAT調査で、家計の携帯電話保有率が13パーセントであったのが、12年の調査では93パーセントまで増加している。また、ウガンダでも、2003年の4パーセントから、12年の73パーセントへと大幅に増加している。この普及のスピードが、携帯電話を使うことからもたらされる便益が如何に大きなものかを示している。

 こうした情報インフラへのアクセスの改善により、小規模農家の農業生産や販売行動のパターンも変化している。情報伝達が安価に行えるようになると、取引費用が縮小し、これまで取引しても儲からなかった遠隔地の生産者も市場に参加するようになり、市場の裾野が広がる。ウガンダのRePEAT調査を用いた研究では、ほぼ自給自足的な農業を営んでいた遠隔地の農家が、携帯電話の普及により、市場を通じて傷み易いバナナなどの生鮮農産品をより多く販売するようになったことを示している[2]。また、ケニアの小規模農家が都市のスーパーマーケットや輸出用に、果物や野菜そして生花などの新しい商品作物の生産に乗り出しているのも、携帯電話による流通業者とのコミュニケーションなしでは成り立たない。また、モバイル網の拡大は、取引費用が縮小することで市場の裾野を広げるだけでなく、各地方で分断されていた市場を統合する効果を持つ。隣接する地方の市場が統合されると、それぞれの地方の需要と供給状況に大きく左右され不安定であった生産物価格が、より大きな市場での需要と供給の状況で決まるようになるため、価格の変動のリスクが小さくなる[3]。これは一般に生産者にとっても消費者にとっても望ましい。

 携帯電話は、単にコミュニケーションのための道具として使われているだけではなく、携帯端末をプラットフォームとする様々なサービスの受信機としても使われている。その一つにモバイル・マネー・サービス(MMS)がある。これは、携帯電話のショート・メッセージ・サービス(SMS)を用いて、個人間でお金のやり取りが出来る金融サービスである。ケニアの大手モバイル・ネットワーク・プロバイダー(MNP)であるSafaricomが、2007年3月にサービスを開始したMMSであるM-Pesa(ペサはスワヒリ語でお金の意味)は、預金・送金の手段として、その取引手数料の安さと携帯端末での簡単な操作で取引可能な利便性の高さから、瞬く間に全国に普及した[4]。私の知る限り、個人間取引が可能な電子マネーが世界で最も普及しているのはケニアである。口座は街の至る所にあるM-Pesa取扱店に身分証明書を持参すれば、数分で、しかも無料で開設できる。使い方は簡単で、お金の預入れと引出しは取扱店もしくはATMで行い、送金は携帯電話のSIMカードのメモリーに組み込まれている専用のアプリケーションで、送金先の電話番号、送金金額、暗証番号を入力すると、一瞬で送金できる。私もナイロビ赴任中は口座を持ち、頻繁に使っていた。手持ちの現金が無いときにガソリンスタンドやレストランでM-Pesaで支払ったことも何度もある。農村でも普及しているので、調査協力者への謝礼はM-Pesaで支払っていた。そのくらい普及しているのだ。

<次回につづく>

図1 M-Pesaの利用者数と取扱い店舗数の推移

参考文献

Aker, J. C., (2010) “Information from Markets Near and Far: Mobile Phones and Agricultural Markets in Niger,” American Economic Journal: Applied Economics, 2(3), 46–59.

Muto, M., Yamano, T., (2009) “The Impact of Mobile Phone Coverage Expansion on Market Participation: Panel Data Evidence from Uganda,” World Development, 37(12): 1887–96. 


[1] サブサハラアフリカ(サハラ砂漠以南の地域)全体では、携帯電話回線の加入数(SIMカード発行数)が、2000年から2012年までに、1千6百万件から2億9百万件へと増加している。この数字は地域の人口の44パーセントにあたる。Source: GSMA report on November 13, 2012.

[2] Muto and Yamano (2009)を参照のこと。

[3] 例えば、Aker (2010)を参照のこと。

[4] 図1を参照のこと。