モバイル革命と東アフリカ農村の変貌(2)

政策研究大学院大学 松本朋哉

 

 モバイル・マネー・サービス(MMS)がケニアの農村において、短期間で急速に普及したのは、農村の生活スタイルと深く関係している。ケニアと聞くと広大な大地、マサイ族などの遊牧生活を送っている人々をイメージをされる方が多いように思われるが、実は、ケニアの農家の多くは、定住型農業を営む零細農家である。小さな畑しか所有していないので、農繁期以外は夫がナイロビなどの都市圏へ出稼ぎに出て、妻が家を守るという家計が多い。仕送りの送金手段としてM-Pesaは欠かせない。また、拡張家族(extended family)といわれる親戚間でのお金の融通も一般的で、個人間の送金の必要性が元々高かったのである。M-Pesaが登場する以前は、郵便局で扱われる送金か、知人に託しての送金、出稼ぎ人自身が帰省の際に持参するという、効率の決して良くない方法しかなかった。受取りに郵便局のある大きな町へ出向かなければならなかったり、送金に数日かかったり、途中で無くしたり、奪われたりすることも多かった。M-Pesaの登場でそうした状況がいっぺんに解消されたのだ。また、予想外の所得の減少が起こった場合(家畜が死んだり、天候不順で収穫量が大きく減ったり、家族が失職したりした場合)にも、M-Pesaで仕送りを受け取ることで、消費水準が激しく落ち込むことを抑えることが出来るようになった、という実証研究もある[1]

 ケニアに一歩遅れているが、ウガンダでも電子マネーの普及が加速している。2009年3月に最初のMMSが始まって、現在4社のMNPがサービスを提供している。農村でも普及が進み、2009年のRePEAT調査時にはほぼゼロだった利用家計が、2012年には38パーセントまで増加している。MMS利用家計では、非利用家計に比べ仕送りの受け取り頻度が倍以上で、年に平均5.5回、受け取り総額も倍以上で、家計の消費総額の約15パーセントにも達している。

 まだまだ深刻な貧困問題を抱えるサブサハラアフリカ地域ではあるが、ケニア・ウガンダ以外でも多くの国で電子マネーが利用され始めている。電子マネーを使った様々な金融・保険サービス、SMSを用いた農業技術指導や市場での商品の実勢価格を利用者に伝える情報サービスなど、これまで存在していなかった新たなサービスが、携帯電話を通じて色々な地域で提供されている。道路などの交通インフラの改善とも相まって、民間ビジネスが活気づいているのは間違いない。更に、援助機関に対しても大きな影響を与え始めている。これまでの援助のやり方を根本的に変えるかもしれない、全く新しい方法が模索されている。例えば、深刻な天候被害があった地域の住民に対して電子マネーを通じて緊急援助金を分配するというプログラムだ[2]。これまでであれば、被災者援助のために支援物資を調達し分配するという方法が一般的に取られていたが、物資の横流しや到着の遅れなどの効率の悪さ、そして、援助物資の流入で地元の民業を圧迫してしまうクラウド・アウトの問題などが、しばしば指摘されていた。しかし、電子マネーを介して被災した地域の住民に対して直接支援金を送金することで、援助プログラムの実施コストが大幅に削減される。また、流通業者が物資を供給するための販売活動が活発になり、クラウド・アウトの問題も発生しない。更に、被災者が援助金を受け取るために、遠方へ出向き長蛇の列で待つ必要もないため、被災者の肉体的そして精神的な負担も軽減される。それぞれの受取人がそれぞれの事情に応じて欲しい物資が購入出来るというメリットもある。まだまだ試験的に運用されているプログラムであり、問題点が無い訳ではないが、潜在的な便益は非常に大きいように思える。

アフリカの農村にもモバイル革命が確実に浸透し、人々の暮らしに影響を与えている。大きな変貌を遂げている時期に、研究者として対象を間近で観察する機会が与えられたことはとても刺激的なことであり、幸運なことである。今後も観察を続け、何が起こっているのか見届けたい。

参考文献

Aker, J. C., Boumnijel, R., McClelland, A., Tierney, N., (2013) “How do Electronic Transfers Compare? Evidence from a Mobile Money Cash Transfer Experiment in Niger,” mimeo.

Jack, W., Ray, A., Suri, T., (2013) “Transaction Networks: Evidence from Mobile Money in Kenya,” American Economic Review, 103(3), 356-61.

 


[1] Jack and Suri (2013)を参照のこと。

[2] 例えば、Aker, Boumnijel, McClelland and Teirney (2013)を参照のこと。