農村家計調査からみるナイジェリアの今

農村家計調査からみるナイジェリアの今

筑波大学 木島陽子

 

2004年以降、アフリカ(ウガンダ・エチオピア・ザンビア・ナイジェリア)で農村家計調査を行ってきた。その中で一番苦労しているのがナイジェリアである。空港の出国審査官や移動途中で警察官から賄賂を要求されたのはナイジェリアだけであり、こうした「賄賂」の要求は私のような外国人に対してだけでなく、日常の様々な場面で物事をスムーズに進めるために使われているようだ。たとえば、現地で調査の統括をお願いする大学講師が調査期間中大学から休みをもらうために学部長に「感謝の気持ち」を渡しているし、農家のことをよく知っている農業普及員に現地の案内をお願いするためには州政府の役人に「お礼」を渡しているとのことで あった。データを集める調査員たちは自分たちを調査員として採用してくれた大学講師に「感謝の気持ち」を渡しているようだ。後者の例は必ずしも賄賂とはいえないし、途上国であれば似たようなことはあるのかもしれない。しかし、ナイジェリアでは公然と悪びれた様子なくさまざまなレベルで賄賂を要求してくるところに問題の根深さを感じ、経済成長の足枷にならないのか気になるところである。

 

ナイジェリア調査では治安の面でも苦労があった。日本のニュースでも伝えられているナイジェリア北東部でのイスラム過激派組織ボコハラムによる少女誘拐やテロにより、何度か調査時期を変更せざるを得なくなったし、移動の際に警官二人に警備してもらったこともある。私の調査地はナイジェリア中部のため普段の活動に支障が出るほど治安が悪いわけではないが、多くの部族が隣接する村に居住しているため、communal crisisと言われている部族間の衝突が後を絶たない。放火・殺害により住民を追い払った後、家畜などを奪うという犯罪も横行している。それにより国内で避難民がでており、調査対象であったいくつかの村には立ち入りができず避難先でインタビューをしなければならなかった。また最近避難先から戻ってきたという人に資産を聞くのは心苦しかったし、インタビューに行った数日後に殺し合いが起きたことをニュースで知るということもあった。被害を受けた家族は、農作業ができず家畜などの資産だけでなくその年の所得をも失ってしまう。不思議なのは、被害を受けた村で攻撃した部族が多くの家畜を放牧しているのに攻撃をした部族 に対して警察の取り締まりや、法による裁きが行われていないということである。警察や政治家の了承を得て攻撃をしかけている、という噂もあるほどである。人々の生活水準の改善に治安が不可欠であることを再認識している。

 

このようにナイジェリアでは様々な苦労が絶えないが、それでもナイジェリアで調査をしてきたのは、農業セクターで様々な変化が起きていて、研究対象としておもしろいためである。研究対象の一つは、ナイジェリア農業改革計画(Nigeria Agricultural Transformation Agenda)のもと政府が力を入れている、収穫後処理・加工の改善により付加価値を高め農家の収入を増加させる試みについてである。ナイジェリアはアフリカ最大の米生産国であるが、国内消費量の40%を輸入に依存している。ナイジェリアではパーボイル米という加工された米が売られているのだが、この収穫後処理の技術が不適切で国産米の質が悪いため(小石の混入、高い砕米率、白米の不均一な色)、都市住民をはじめ輸入米の需要が高く、国産米の価格は輸入米よりも安く取引されている。質の改善によって国産米が高く取引されるようになれば、コメの生産者や加工業者の所得向上につながる可能性がある。早くからナイジェリア中部に進出した大規模加工業者Olam(パーボイル・精米後包装販売)は、良質な籾米を仕入れるために、USAIDのサポートのもと農家に栽培・収穫後処理に関するトレーニングを行うとともに、改良品種(高収量なだけでなく、消費者の需要が高い、色が白く細長い米)、除草剤(稲作用の除草剤は流通していなかった)、化学肥料をクレジットで販売(収穫後Olamにコメを売る際に返済)した。稲作農家の生産性や収入を高め、それまでコメを作っていなかった農家が稲作を始める後押しをした(ただし、クレジットを踏み倒す農家が増加したため、クレジットでの販売は中止された)。また、品種が統一され、国産米の品質向上にもつながった。ただし、大規模加工業者の数はまだ限られており、小規模精米加工業者が扱う米の量が大規模精米業者のそれを上回っている。今後小規模加工業者も品質向上への投資を行って生き残りを図るのか、それとも大規模精米業者が市場を席巻するのか、引き続き調査を続ける予定である。

 

もう一つの研究対象は、肥料補助政策の変更に伴う肥料使用量やコメの生産量への影響についてである。2006年に採択されたアブジャ宣言ではアフリカで緑の革命を実現するために肥料の普及に数値目標が設定された。耕作地1ヘクタール当たり少なくとも50キロの肥料を使用することにより作物の生産性を向上させるという政治的コミットメントに合意したことを受けて、サブサハラアフリカのいくつかの国では化学肥料補助政策が実施されている。ナイジェリアでは2011年に農家の携帯電話に直接肥料補助引換券を配布するスキーム(Growth Enhancement Support, GES)が導入された。GES導入前までは政府が肥料の調達・流通をしていたが、GES後は民間肥料会社がそれに代わった。毎年新たに500万人をGESに登録し、登録農家は4年間100kgの肥料を割引価格で購入できる。GES以前は、政府の役人と関係のある農家や商人が補助金により肥料を割安で購入し、市場で(補助金なしの価格で)転売することで不当な利益を得てきた。GESにより小農以外への肥料補助の漏出を防ぐことが期待されている。

 

2013年と2015年に行った家計調査によると、GESを知らない農家が多く、登録すらしていなかった。GESのことを知っている農家の中には登録を拒否されるという嫌がらせを受けたものや、登録用紙を提出したが引換券が送られてこなかったケースもあった。また肥料の引換所で肥料を購入できるのは数週間のみであり、いつからいつまで販売しているかを農家は知らされていないため、購入することができなかったものも多い。GES開始直後(2012年)において、66%の村でGESに登録した家計がいた。登録した家計がいる村といない村の有意な違いは、州都への距離、携帯電話ネットワークの開始年などのほかに、政治力の大きさが影響していた。過去5年に政府の要職についた村民の数が多い村ほどGESからの恩恵を受けやすいことがわかった(実際にGESから肥料補助を受けた人の割合が高くなる)。

 

家計レベルにおいても、貧しい家計が優先的にGESの恩恵を受けているという関係は見られなかった。2012年と2014年でのGESへのアクセスから4つにグループ分けし、2012年にアクセスが無く2014年にアクセスがあった場合、肥料の使用量が増加したかをみると、92kgから100kgと微増し、肥料を使用していない家計の割合も14%から9%に微減しているものの、有意な差ではなかった。このグループの家計は、米の耕作面積が0.7 ha減少しており、1ヘクタール当たりの肥料投入量が変化しなかったのは耕作面積を拡大したためではないことがわかる。このことから、GESが肥料使用量に与える影響は限定的であり、市場価格で 購入する肥料の量を減らしているだけであることを示唆している。このように、携帯電話を使用し、ターゲティングの精度を高めることを目的に導入されたGESであったが、登録段階で貧しい家計が排除されるという運用面で多くの課題があることがわかった。選挙前のばらまき政策としてではなく、緑の革命の実現にむけGESを効果的に実施することができるかどうか、ナイジェリアの行方を見届けたいと思っている。