絆が中所得国の罠を生む?

絆が中所得国の罠を生む?

戸堂康之

 

 中所得国の罠とは、低開発国が経済成長を遂げて中程度の所得レベルを達成したものの、1人当たりGDP10000ドル程度のあたりで成長が鈍化し、先進国にはなかなかなれない状態を言う。

 下図を見ると、アジア諸国のうちすでに先進国(地域)となった日本、韓国、シンガポール、香港、台湾は、1人当たりGDPが5000ドル程度の時には6%を超える成長率を達成し、その後所得レベルが上がるにつれて成長率は鈍化しているが、その時期は違えどもかなり似かよった成長過程をたどっていることがわかる。しかし、これらの国を追いかける東南アジア諸国では、所得レベルは向上しているものの、1人当たりGDPが5000ドルに届くか届かないかのうちに先進国並みの成長率(2%前後)に下がってしまっており、中進国の罠に陥ってしまっている可能性もある。

                図:アジア各国における一人当たり実質GDPとその成長率の関係
             (1960年代、70年代、80年代、90年代、2000年代の5期間の推移)

 

出所:Penn World Table 8.0. http://www.rug.nl/research/ggdc/data/penn-world-table

 このような中進国の罠に陥る理由はいろいろ考えられるが、ここではソーシャル・キャピタルという切り口から考えてみたい。ソーシャル・キャピタルとは、規範や価値観を共有する人々のネットワークのことを指すが、日本語では、澤田康幸(東京大学)が示唆するように、「絆」と表現しても差し支えないだろう。

 このようなソーシャル・キャピタルが分厚い、つまり地域や組織内に強い絆があることが経済成長や社会発展につながるについては、多くの証左がある。例えばロバート・パットナム(ハーバード大学)は、イタリアの各地域を比較して、歴史的に市民団体の活動が活発であってソーシャル・キャピタルが蓄積された中部地域では、北部や南部にくらべて民主的な政治が発展し、高い所得レベルを達成できたことを見出している。世界各国のデータを利用したステファン・ナック(世界銀行)らの研究によれば、社会に対する信頼や規範意識が強い国は所得レベルが高い傾向にある。

 しかし一方で、ソーシャル・キャピタルは必ずしも常に経済発展に結びつくわけではない。例えば、故マンサー・オルソン(メリーランド大学)は、メンバーが密接につながった経済的・政治的組織は腐敗して利権追及に走りやすいと主張した。また、故速水佑次郎(政策研究大学院大学)は、途上国の農村開発における共同体の役割を強調しつつも、共同体内の強い絆は排他性を生みやすいとも論じた。このように腐敗して排他的な絆はむしろ経済的な停滞を招く。

 実際、このようなソーシャル・キャピタルの負の側面は実証されている。例えば、ダロン・アセモグル(MIT)らの研究によると、植民地期のシエラレオーネにおいては、イギリスによって決められたいくつかの支配階級の家系から酋長が選ばれていたが、支配者家系が少ない地域ではより多くの地域組織が形成されており、地域内の信頼感も強かった。つまり、このような地域ではソーシャル・キャピタルのレベルが高かったともいえるが、このような「ソーシャル・キャピタル」が支配者層の権威の向上に利用され、これらの地域ではむしろ経済的・社会的発展は遅れた。また、シャンカー・サチャナス(ニューヨーク大学)らの研究によれば、1920年代のナチ党台頭期のドイツにおいて、ボーリング・クラブやブリーダー・クラブなどの非政治的組織の数が多く絆が強い地域ほど、ナチ党員の浸透率が高かった。これらの歴史的事実は、地域内で組織が発達して、価値観を共有し信頼感を高めることで、地域外に対する排他性が高まり、むしろ地域の発展を阻害することがありえることを示唆している。

 したがって、経済的・社会的発展にとって重要なのは、地域内・組織内での絆を深めながらも、排他的にならずに「よそ者」ともつながって、外から積極的に新しい知識や情報を取り入れることではなかろうか。実際、ジャチャ・ロスト(チューリッヒ大学)らが自動車関連の研究者を対象にした研究によると、いつもは同じメンバーと研究しながらも、時には違う組織・分野の研究者と研究するような研究者が最も多くのイノベーションを起こしていた。つまり成長のためには、組織内だけではなく、組織外とのネットワークを含めた多様なネットワークが必要なのだ。

 このような観点から考えると、中進国の罠の1つの原因は、分厚いソーシャル・キャピタル、強い絆によって成長してきた途上国が、国内の絆が強いがゆえに排他性が強まってしまい、既得権益の保護に走り、腐敗してしまうことにもあると考えられる。

 実際、中進国の罠に陥っているかもしれないアジア諸国では、そのような片鱗がうかがえる。先日起こったタイの軍事クーデターは、もともとはタクシン政権が農民に対する過度な保護政策を行ったことに端を発しているし、インドネシアでもニッケル鉱石など鉱物の輸出を禁止して国内産業を保護しようとする動きが活発化している。

 このような排他性は経済の停滞を招くがゆえに、ますます排他的になって既得権益を守ろうとするという悪循環に陥る。そもそも、日本の「失われた20年」も、そのような排他性と経済停滞の悪循環の産物であったとも考えられる。また近年では、アジア諸国が政治的にも内向きの傾向を強めているようにも感じられる。

 したがって、今後新興国や日本を含めた先進国が安定的に成長し、政治的にも安定するには、国内の絆だけではなく他国との絆を強化し、多様なつながりを構築する必要がある。この科研費プロジェクトでは、我々はどのような条件下で排他性と停滞の悪循環が起きるのか、どのような政策によってそれが回避できるのかを明らかにすることで、世界の安定や日本の成長にわずかでも貢献したいと考えている。

 

参考文献

Acemoglu, Daron, Tristan Reed, and James A Robinson, 2013. Chiefs: Elite control of civil society and economic development in Sierra Leone, NBER Working Paper, No. 02138.

Knack, Stephen, and Philip Keefer, 1997, Does social capital have an economic payoff? A cross-country investigation, The Quarterly Journal of Economics 112, 1251-1288.

Olson, Mancur, 1984. The Rise And Decline Of Nations: Economic Growth, Stagflation, And Social Rigidities (Yale University Press, New Haven).

Putnam, Robert D., 1993. Making Democracy Work: Civic Traditions in Modern Italy (Princeton University Press, Princeton).

Rost, Jatja, 2011, The strength of strong ties in the creation of innovation, Research Policy, 40, 588-604.

澤田康幸,2012,“絆は資本”の解明進む,日本経済新聞「経済教室」,2012年12月18日.

速水佑次郎,2000,『開発経済学-諸国民の貧困と富』,創文社.