食品安全規制に見合うグッド・プラクティスを導くには?~ベトナム・エビ輸出産業の事例から~(1)

食品安全規制に見合うグッド・プラクティスを導くには?

~ベトナム・エビ輸出産業の事例から~(1)

 

鈴木綾(東京大学)

 

新興国から先進国への食品輸出が大幅に増える中、「食の安全」に対する両国の考え方や取り組みの違いから、大きな社会問題に発展することが少なくない。大手外食チェーンによる中国からの期限切れ冷凍肉の輸入、農薬が混入された冷凍ギョウザの輸入など、昨今ニュースを騒がせた輸入食品に関する事例は枚挙にいとまがない。そんな中我が国を初めとする先進国政府は、国民の生命・身体の安全や健康を保護する目的で、食品安全規制を強化する傾向にある。こうした先進国による食品安全規制の強化は、当然生産者に少なからず影響を与える。生産者が規制に対応出来なければ、生産の縮小を招く。食の安全は勿論大切であるが、貿易の縮小は、輸出国・輸入国双方にとって大きな損失となるであろう。「食の安全」を確保しつつ、生産者が輸入国の規制にうまく対応し、生産を維持・拡大することは可能なのだろうか。筆者は、2012年よりベトナムのエビ輸出産業に関して現地調査を行い、エビ生産者が食品安全規制の強化にどのように対応しているのか、またその影響について研究を進めている。今回は本コラムにおいて、その研究の一部を紹介したい。第一部では、エビ産業を取り巻く世界の状況やベトナムにおける歴史や生産体制について、第二部では、フィールド調査を経ての考察を述べたい。

2013年は、国際的なエビ市場の危機であった。ここ数年、病気に強い南米原産のバナメイ種が、それまで主流であったブラックタイガー種に取って代わったのだが、ついにバナメイ種にも病気が発生し、一気に蔓延した。結果として、世界的な供給不足が生じ、エビの価格は高騰した。天丼で有名な日本のチェーン店もメニューの変更を余儀なくされるなど、エビ業界での影響は深刻で、大手バイヤーによるエビの囲い込みが始まった。

エビの養殖は、以前から環境に対する悪影響がたびたび指摘されてきた(村井1988、2007)。エビの養殖は海岸近くの土地で行われるため、マングローブが伐採されたり、化学肥料、農薬などの投入材やエビの糞等で土壌が汚染されるため、長年養殖すると他の作物も植えられなくなり、土地が放棄されたりすることが多くあった(多屋2003)。さらに、高密度で養殖されるエビは病気にかかりやすく、病気対処のために抗生剤が使われ、それがエビの個体に残留し、輸入国の検疫で拒否されるケースも多い(UNIDO 2013)。しかし、世界的なエビの需要は高まるばかりで、エビ養殖を行う国も毎年増えている。

このような背景を踏まえ、人体、環境、そして社会倫理的に安心・安全なエビの養殖方法に関して、世界的な議論が行われてきた。2006年には、FAO、WWF等が主体となってInternational Principles for Responsible Shrimp Farmingがまとめられた。また、それを踏まえた具体的な養殖方法が、Aquaculture Stewardship Council (ASC)によって2014年3月に制定された。ASCは、国際機関、民間養殖業者、NGO等のあらゆるステークホルダーが一堂に会し、長年の議論を経て制定した基準であり、養殖業者は第三者の認証機関によってASCの認定を受けることができる。これらの世界認証の数は近年上昇傾向にあり、グローバルに取引される多くの農産物に関して存在する(代表的なものにGlobalGAPがある;GAPはGood Agricultural Practice)。消費者が知らない間に、生産国の環境悪化や社会的不公正を助長させることのないように、この認定マークを付けた生産物に対してプレミアムを支払い、サプライチェーンの川上の生産現場を支援するという試みである。

しかし、これだけ基準制定の動きが世界的に活発になっている中、エビの輸出市場においては、輸入国の港での検査で基準に満たず、入国拒否されることが多いのが現状である(UNIDO2013)。それはなぜだろうか。港での拒否は、輸出側にとって多額なコストがかかる。港で拒否されると、輸出企業の輸送費負担で、エビはそのまま輸出国に戻される。更に、日本の場合は検疫で拒否された企業名とその理由がウェブで公開されてしまう。また、何度か違法物質が検出されると当該輸入国からの当該輸入品の検査率が100%に上がる取り決めになっている。2013年にベトナムのエビからエトキシキンが検出された際には、検査率が100%となり、ベトナムの輸出業者はそれまでよりも厳しい事前検査を強いられたため、検査費用が跳ね上がったという。このように、輸入拒否にかかるコストはとても高い。なぜこの状況が改善されないのだろうか。国際社会によって制定された基準には、途上国の生産者の行動を変化させるインセンティブはないのだろうか。筆者は、現場の状況を知るために、2012年からベトナム南部で調査を開始した。

ベトナムにとって、海産物の輸出は近年重要な外貨獲得の手段となっており、世界的に見ても、海産物輸出高は中国、ノルウェー、タイに次いで第四位である(UNIDO2013)。海産物の中でも主流なのが、エビとナマズである。エビの輸出は植民地時代から行われており、当初は沿岸で生簀を利用した小型養殖がおこなわれていたが、90年代半ばにタイから陸地で行うエビ養殖の技術が伝わり、生産量が急増した(室屋2006)。1957年に最初の加工工場(缶詰工場)が設立されて以来、加工業者の数は上昇し、78年にはSEAPRODEXという輸出業者組合が設立された。政府による輸出割り当てが1998年に廃止され自由化されるとその数はさらに増え、現在は110社以上に上り、VASEPという新たな輸出業者組合の元、活発に活動している(Vo)。現在の輸出国の数は150か国以上に上る。ベトナムの輸出先第一位は2000年まで日本であったが、現在は日本はEU、米国に次いで三位となっている。農地のエビ養殖池としての利用を許可する政策が2000年代前半に発行され、汽水で米が作れなかった土地で農家がエビ養殖に従事することが可能となったため、南部沿岸地域の貧困層の村民の収入向上に寄与したとされる。

そもそも、エビの養殖方法には大きく分けて三種類ある。養殖池あたりのエビの個体数によって区別され、自然の状態に近いものが粗放型(Extensive)、1Haあたり1万から10万匹くらいのものが準集約型(Semi-Intensive)、8万から10万匹くらいのものが集約型(Intensive)と言われる。粗放型は、エサを与えたり投入材を加えたりすることはほとんどなく、サイズも大きく、体質も固く、価格も高い。一方で、集約型、準集約型は、密度が高い中で養殖されるため、病気を引き起こしやすいため、酸素を送るためにエアレーターと言われる曝気装置を設置したり、収穫後に水を抜いて土壌を掘り起こし乾燥させたり、質の良い稚エビ、エサを使ったりすることがとても重要であるとされる。ベトナムは他国に比べて粗放型で育てられたエビが多く、高価格で売れるために人気商品でもあるが、この生産方法で需要に見合う量を仕入れるのは困難であるため、集約型農法を取り入れることも産業全体からみると不可欠である。粗放型で育ったエビは、輸入国の検疫で拒否されるような問題を起こすことはほとんどないため、集約型・準集約型のエビが問題の対象である。

次回は、何がエビの品質向上を阻んでいるのか、その要因について考察する。