食品安全規制に見合うグッド・プラクティスを導くには?~ベトナム・エビ輸出産業の事例から~(2)

食品安全規制に見合うグッド・プラクティスを導くには?

~ベトナム・エビ輸出産業の事例から~(2)

 

鈴木綾(東京大学)

 

前回は、ベトナムにおいてエビ輸出産業は重要な外貨獲得手段となっており、その歴史も長いにも関わらず、輸入側の先進国の食品安全基準に満たないために港で入国拒否されてしまうケースが多いことを述べた。なぜこのような状況が改善されないのか。現地調査の結果、以下の要素が問題解決のために重要なポイントであると考える。

小規模農家の重要性とトレーサビリティの難しさ 

ベトナムのエビの大半は、小規模農家によって養殖されている。輸出加工業者が自社養殖池を保有して、自らエビの養殖を行い、加工、輸出まで行っている企業もあるが、その数は少なく、池を保有している企業でも、自社全体の輸出量に占める自社養殖池からのエビの割合は20%にも満たない。これは、エビが汽水を必要とするために養殖は海の近くの土地に限定されており、企業がある程度まとまった規模の土地を入手するのが大変難しいことが大きな理由になっている。また、エビの養殖は大変手間がかかるため、自社で行おうとすると人件費がかさむこと、エビはこの辺りで昔から作られているものなので、零細農家にノウハウがあることを上げていた企業もあった。

そのため、エビの養殖においては、零細農家が重要な役割を担う。零細農家の収入向上のためには望ましいことではあるが、生産者が多くいるということは、それだけ生産方法や管理方法も異なるため、質を管理するのは至難の業である。稚エビは、政府が認定する機関から購入することが推奨されているが、その機関の供給量は需要に満たないため、現実的には、零細農家は認定されていない機関からも購入している。エサなどの投入材も全体として管理されていない。また、病気が起きた時の対処法や薬の使用法、種類についての知識が零細農家には不足している。

更に、零細農家一人当たりの養殖池の規模は小さく(カマウ省の零細農家一人当たり平均の養殖池のサイズは0.5Ha)、一軒で加工工場へ運搬する水槽を満たすことはできないため、零細農家と加工業を仲介する商人は、複数の農家のエビを混ぜて販売することが通例である。このため、このルートで仕入れられたエビの場合、何か問題が起こっても、どの農家のどの池でそれが発生したのかを追跡するのは現実的には不可能である。

どんなエビでも売れる

養殖農家へのインタビューで、「販売時にエビを拒否されたことはあるか」と聞くと、どの農家もほぼ口をそろえて、「エビが売れないことはない」と答えた。商人はサイズと色だけを見て値段を提示して購入し、その際に残留農薬等の検査が行われることはほとんどないという。つまり、農家レベルでのエビの質は、サイズと色だけである。商人が加工業者に販売する際は、加工業者側の自社内の検査所で、エビの検査が行われる。しかし、これで加工業者が購入を拒否することもあまりない。というのも、加工業者は輸出先市場を多数持ち、各市場の基準が均一ではないため、入手したエビの品質によって、輸出先を選別することができるからである。日本の検疫で拒否されたエビが戻され、それを基準の緩い国に再度販売したとオープンに話す企業もあった。だが、その国の基準を満たしていないわけではないので、悪いことをしている訳ではないとのことだった。

輸入国が多様な基準を持つことは、輸出加工業者の視点からはリスク回避という点でプラスに働くが、ベトナムのエビの質全体を向上するという目的のためにはマイナスに働く要素である。

農家に見えない「質」

前述の要素と関連するが、残留農薬などが検査なしでは目に見えないということも、大きな要因である。政府の農業普及員などによる農家に対する研修は頻繁に行われており、省ごとに養殖方法マニュアルも作られている。その中には、使用を推奨、または禁止されている投入材の情報もあるが、零細農家にとって実際に自分のエビに問題があるかどうかを判断する術がない。農家が検査所にエビを持参して検査を行うのはコストがかかりすぎるし、実際に販売したエビに問題があったかどうかの情報がフィードバックされることもない。つまり、農家は、自分のエビの質を正確に把握できていない。これでは、いくら研修を行って知識を蓄えても、何をどう改善するべきか現実味を持って考えられない。

川の水の共有と外部性

更に、養殖池では川から引水しており、この水が周辺の農家と共有されるために、自分が推奨される養殖方法を行っていても、隣人の養殖池で禁止されている物質が使われた場合に、自分の池にも影響が及ぶ可能性がある。この負の外部性が、推奨される養殖方法を取るインセンティブを損なっている可能性もある。この点に着目して、近隣農家で組合を組織して、皆で同じ養殖方法を取ることを決めたコミュニティもあった。高い国際基準を採用することで、養殖のコストはかさむが、長期的に見れば地域のためになるので、皆で合意して行動しているとのことだった。

検査技術と運転経費

最後に、検査の問題を挙げる。ベトナム側で食品安全管理の担当となっている農業農村開発省農林水産品質管理局(NAFIQAD)は、輸出前に必要な検査を行っており、その基準をクリアしたエビのみが輸出されている。国際的に要求される基準は常時アップデートされている。それでも輸入国側の検査にパスしない事態が起こるのは、検査技術が異なることと、日常レベルの検査を強化するためには運転経費がかさむが、そのような経費が政府では不足しており、また運転経費が援助機関に支援されることは滅多にないことがある。厚生労働省の専門家によると、液体の検査ならば、検査前にきちんと撹拌すれば、水槽の上部と下部の液体で検査結果が違うことはあまりないが、エビのような個体である場合、そのエビが何を食べてきたかが問題であるため、どのエビをサンプルとして検査するかで、結果が変わることは大いにあるという。同じ設備、機材(ハードウェア)を使って検査をしたとしても、サンプリングの仕方や、エビのつぶし方等、検査技師の腕(ソフトウェア)によって結果が異なることがあるという。この分野で高い技術を持つ技師が、ベトナムには不足している。現在、このような状況を踏まえて、JICAがNAFIQADに対して技術協力プロジェクトを行っており、主要なNAFIQAD支部の技師に対して技術移転が行われている。結果を期待したい。

このように、現地調査を通して、ベトナムからのエビが先進国の港で拒否される要因がいくつか観察された。これを踏まえ、どの部分にどのような支援をすれば、養殖農家の行動に変化を起こせるのか、何が効果的なのかを調べるため、筆者は現在社会実験を通した実証研究を計画中である。現実の問題に資する研究になることを意識しながら進めていきたい。