「幸せを運ぶ」クーデタ?−タイにおける銃弾なき市街戦−(2/3)

「幸せを運ぶ」クーデタ?

−タイにおける銃弾なき市街戦−

(2/3)

相沢伸広

九州大学比較文化社会研究院

言論封殺への抗戦と国軍のジレンマ

 国民の目、耳、そして口も塞ごうとする軍政に対して、クーデタに反対する人々の徹底抗戦はクーデタ直後から始まっている。5名以上の集会を禁止する軍政令が発令されてなお、都内各所でゲリラ的に抵抗活動は行われ、オーウェル著「1984」の屋外読書会、都内のターミナル駅でピクニック、そしてサンドイッチ配り等々、一見すると反政府運動とは言いきれない「集まるという行為」の全てに、集会を禁じた戒厳令に抵抗する、反クーデタの隠喩をもたせ対抗している。

 こうした諸運動のなかでも、象徴的に広がったのが、映画The Hunger Gamesの中で使われた不服従の意思を示す「Three Finger Salute(三本指を立てて敬礼)」することである。ショッピングモールや地下鉄の駅など、人が集まる場所、カメラが集まる場所で、無言で三本指をたてる動きが広まり、反クーデタの意思を明示するシンボルとして広まった。

 上記いずれの行為も、狙いは軍政の正当性を挫く事にある。「サンドイッチを配る行為が治安秩序を乱すであるとか、ピクニックをする事が集会を禁ずる軍政令違反というのは、ナンセンスではないか」、「そもそも国軍が政権を担うなんてナンセンスではないか」、こういう声が広がる事を狙って、反クーデタの人々は様々な方法で軍事政権に揺さぶりをかける。目と耳と口を塞がれた人々はいま、指三本で、サンドイッチで、国軍の正当性を徐々に傷つけようと忍耐強く抗戦している。

 軍政はこのような動きに対して、一件づつ呼びかけ人をあぶり出して逮捕するということを繰り返している。しかし、三本指をたてる行為をひとつひとつ取り締まるとなれば、抵抗する側の狙い通り消耗戦になってしまう。爆弾や銃を用いるわけではないので金属探知機のようなもので事前にチェックもできず、テロ行為認定をするのも無理がでる。三本指を立てるというような国民の些細な所作まで取り締まれば、「やりすぎ」であると理解され、社会安定のためと正当化した軍政による権力独占は、権力濫用としてその正当性と支持を損なわれるリスクがある。軍政としては取り締まらなければ、反クーデタが広がってしまうという不安と、取り締まれば正当性を損ねるのではないかという不安の間のジレンマに立たされる。

 このように、知識人との心理戦を制してもなお、クーデタによる権力奪取を正当化しつづける事は簡単ではない。クーデタが政府と反政府の間の対立均衡を収束させたことに賛意を寄せる者は勿論少なくない。しかし、クーデタを正当化できるか否かは、究極的にはクーデタ後の国家運営の成否に懸かっているのであり、なにより国家運営はクーデタの実行以上に困難である。まずは情報統制、監視をもって言論封鎖で初期段階を乗り切ろうと企図するが、反対意見や反対行動が見えなくなったからといって、当然軍政を支持していることを意味するわけではない。反対勢力が沈黙したとしても、ひとたび選挙を実施すれば、前回のタイ軍政下で行われた2007年12月選挙で経験したように、結局はタックシン派が勝利するということになりかねないのである。