「幸せを運ぶ」クーデタ?−タイにおける銃弾なき市街戦−(3/3)

「幸せを運ぶ」クーデタ?

−タイにおける銃弾なき市街戦−

(3/3)

相沢伸広

九州大学比較文化社会研究院

軍政による権力固め

 「タイに幸せを取り戻す」と喧伝する国軍としては、言論統制、心理戦を展開して一定期間批判を沈黙させている間に、権力固めを急ぐ必要があった。暫定憲法制定までのこの二カ月間、具体的には4つの政策を準備した。

1.        刀狩り政策 

 軍政は、クーデタ後あちこちで刀狩りを始めた。戒厳令下で治安当局は令状なしの強制捜査が可能であり、違法武器の所持、隠匿の取り締まりに精を出した。その狙いはタイにとって危険なのは国軍の武力ではなく、国軍以外の武力であることを国民に説得し、国軍が武力を背景に支配することを納得させることである。

 そのために、武器を携えたあらゆる危険な人物が社会に潜んでおり、彼らをあぶりだして取り締まらねば、この半年間続いた社会的混乱は再燃しかねないと国民を脅す。軍政は取り締まりの成果を連日国民に向かって放送し続けた。タイは東南アジアでも有数の銃社会であるが、この半年間の抗議運動のなかで、出所が定かでないロケットランチャーなどの多くの武器が使われてきた経緯がある。こうした背景から従って平和と秩序を保つ為には、刀狩りが必要で、その任を遂行できる強い政府が必要であると喧伝した。

 実際の取り締まりには、軍が自ら乗り出す事はせず、密告推奨キャンペーンに力を入れ、国民に取って軍は闘うべき敵ではなく、社会の安定のために協力すべきリーダーであるということを教化しようと試みた。その過程で標的されたのは、これまで政党政治家が踏み込む事のできなかった、タクシー業界などの利益集団である。タックシンの麻薬対策と同じように、社会犯罪の摘発を通じて、強権支配を通じた人気とりを試み、クーデタが、そして軍政が国民に「幸せをもたらす」存在であるという事を説得する材料に用いた。暴力を背景とする支配は悪であるという国内外の批判に対して、軍政側は「我々の意図を汲んでほしい」と繰り返し、プラユット陸軍司令官みずからが作詞したという、歌謡曲を通じて軍の意図の崇高さを謳いあげ、クーデタのイメージロンダリングを図りつつ、実質的には刀狩りをすすめていったのであった。

 

2.        分配政策

 軍政はインラック政権の看板政策であった籾米担保融資制度が、機能不全に陥った事で、農民の間に不満が溜まっていた事に目を付けた。これまで、農村部の支持を背景に選挙に勝ち続けて来たタックシン派であったが、議会を解散させて以降、その立場が暫定政権となってことで新たな政府資金の借り入れができず、資金繰りに失敗し、農民への支払いが滞ったことで農民の反発を招いていた。軍政にとってこの状況はタックシン派政党と農民の関係にくさびを打ち込む絶好のチャンスであり、同時に軍政の正当性を強化するチャンスでもあった。軍政は農民への未払い分融資金を支払いとそのための資金調達借り入れを財務省に指示した。このような指示を行う障害となっていた財政規律や議会の手続きルールに軍政は縛られることがなかったから可能となった政策である。

 他にも、ワールドカップの試合の放映権を握っていた会社の権利を無視するかのように、64試合全試合を無料で見られるようにする(放映権を持っていた会社には当初、応分の補償をするとしていたが、後日、一切支払う気はないと述べた)など、わかりやすいバラマキ政策を矢継ぎ早に発した。政策実行において、議会手続きや憲法裁判所の壁に苦しむ政党政治に比べ、軍政が国民に「幸せをもたらす」ことをアピールした。「タックシンが考え、プアタイ党が実行する」などとそのバラマキ政策を揶揄されていた前政権であったが、クーデタ後は「タックシンが考え、軍政が実行する」という形で皮肉にも軍政がタックシン政権期の政策を権力固めの方法として活用することとなった。

3.        官僚人事

 軍政はこの二カ月間政権運営のための権力同盟の構築を急いだ。そこで鍵と成ったのは官僚・財界との同盟作りであった。クーデタ後、すぐさま官僚機構の次官級人事を殆ど入れ替え、国営企業の取締役会メンバーも総取り替えした。そこに反タックシン派と目される官僚たちを据えて行った。地方選挙を停止したことで、空席となった地方政府の要職や、新たに設置された国家立法会議にも官僚、および官僚出身者たちを多く登用し遇することで、官僚の掌握を進めた。

 また、CPグループを始めとする大企業を代表する財界組織、業界団体との会合を頻繁に持ち、いわゆる軍−財−官の同盟関係の構築に時間を費やした。この結果、インラック政権期に計画され、違憲判決が下された大型インフラプロジェクトなどが復活したのである。代表的なのが、2兆バーツをかける大規模総合交通インフラ整備、通称高速鉄道プロジェクトである。2兆バーツの借り入れについて、そのような大規模な借り入れ権限は政府にはないとして憲法裁が却下したものを、驚くことに3兆バーツの予算に膨らまし、高速鉄道ではなく通常の鉄道の複線化としてダウングレードして復活させたのである。

 また、2013年12月以降の暫定政権の間、タイ投資委員会が休会状態になり、新規投資が凍結され不満を溜めていた財界の声に対応するため、真っ先に投資委員会を復活させ、新規大型投資を承認していった。経済政策を財界と官僚のリーダーシップの手元に戻し、大企業の企業益に叶う経済政策を、憲法裁の介入を案じることなく矢継ぎ早に打ち出し、タイ経済に「幸せを取り戻す」ことをアピールした。

4.        国際社会の分断政策

 クーデタのもつリスクは国内のみならず、国際社会にもある。エジプトが選挙で選ばれたモルシ大統領を追い出し、追い出した張本人のシシ陸軍大将が大統領となっても、いまだにエジプトが頑にその政変を「クーデタ」と呼ばないのは、なによりも国際社会による制裁等のリスクを最小限に抑える為であった。タイの場合もそのリスクは存在し、クーデタであることを宣言したがゆえに、米国やオーストラリアからは真っ先に、様々な政府間交流停止措置を課せられた。その最たるものが、米国との軍事交流の停止である。米国との合同軍事訓練については、訓練中のさなかに停止するという前例のない措置が下された。そこで問題となるのは、タイの軍政がこうした米国やオーストラリアの支援なしにたちゆかない政権であるか否かという点である。

 プラユットはクーデタの3 日後に、日本の商工会議所の代表らを招いた。ここには二つの意味がある。第一に国外からタイへの最大の投資相手である日本企業は、タイの経済運営、もっといえば軍政の政権運営の命運を握ることになる重要な評価相手である。タイの経済を守る為には、日本の投資継続を死守することは、軍政がその権力を維持するためにも最優先事項となる。第二に、日本企業の利益を守るという姿勢を示すことを通じて、日本政府が米国に同調してなんらかの制裁措置を取らないよう、布石を打つという戦略的な意味がある。クーデタ直後、菅官房長官は「遺憾」の意を表明したものの、それ以降日本政府はクーデタを非難する声明や制裁措置は発していない。軍政の生命線でもあった対日本企業融和政策のもつ、戦略的効果は現時点までとりわけ対日政策として狙い通りの効果を発揮している。

 軍政の対外的なバーゲニングパワー獲得のもう一つの戦略が、中国の支援獲得である。プラユット陸軍司令官も度々中国企業の代表者たちと面談し、サポートを得ていると宣伝している。6月に入って、中国企業とタイ企業の自動車製造工場設立の許可がおり、タイ唯一の国内資本の携帯電話通信会社であったTrueに対する中国の業界最大手の中国移動通信による株式取得が発表され、軍政成立直後からタイ−中国間の大型ビジネス案件がまとまっている。つまり、クーデタ、軍政の持つ国際社会からの攻撃を予防するために、軍政はタイにとって最大の経済パートナーである日本と中国の両国の企業に「幸せをよびもどす」事で、回避しようという思惑が浮かび上がる。

今後の見通し

 以上のように、この二カ月間、軍政は反対運動を封じつつ、国内外の批判に負けないよう、権力掌握の正当性と権力基盤固めに奔走し、見事なまでに封じた。問題はこの戦略がいつまでもつか、そしてどのような着地点を目指しているのかという点である。プラユット陸軍司令官は、8月7日行われる国家立法会議において、首相就任を目指していると目され、そのなかで新憲法制定と来年の総選挙を行う旨ロードマップを示した。しかし、その計画には様々な条件が付されており、軍政がいつまで維持されるのかは不透明である。

 とりわけ、7月31日に発表された国家立法会議のメンバー構成の国軍偏重については、早くも反タックシン勢力であった民主党やバンコク中産階級からもその意図を訝しく思う声があがっている。反タックシンでまとまっていた同盟関係にも、こうした過度の国軍支配から亀裂が走る可能性もある。さらに軍政はその国民的支持を得るために相続税の導入など、タイ史上これまでになかった政策を打ち出し始めており、これまでにない権力対立関係が生まれる萌芽が見られる。クーデタ後の二カ月間、周到な情報戦や権力関係の再編を通じて、銃弾なき市街戦を生き延びた軍政は、プラユット陸軍司令官を暫定首相の座に据え、これから、反対勢力の政治参加を制限しながらも、新たな利害対立や経済問題をマネージするという、これまで多くの軍政が苦労した難しい政権運営能力の有無が試されることになる。そしてその政権運営の成否が、翻ってクーデタの成否を究極的に決定づけることになる。