社会政策と社会民主主義からみるフィリピン、ベニグノ・アキノ政権のもう一つの顔(2/2)

社会政策と社会民主主義からみるフィリピン、ベニグノ・アキノ政権のもう一つの顔 (2/2)

高木佑輔(政策研究大学院大学)

 

2.フィリピンにおける社会民主主義の起源と展開

 フィリピンの社会民主主義者たちの歴史は、1960年代にまで遡る(Tolosa 2013)。当時は、自由党と国民党という2大政党が政治の主流であったのに対し、改革を目指す政治家や政治的主張を強めた大学関係者が第3勢力の糾合を試みていた。例えば、フィリピン有数の私立大学であるアテネオ・デ・マニラ大学を要するイエズス会系の神父の一部も、積極的に社会民主主義者と交流した。こうした神父の活動の背景には、無神論を掲げる共産主義の台頭に対する教会側の懸念があった。ただし、社会民主主義に理解を示した神父たちは、権威主義体制に対しては明確に反対の立場であった。また一部の運動は、武装闘争路線を選択するなど、現状維持を追求したわけではない。

 1986年の民主化の過程で、権威主義体制の受益者と、その体制と対峙した共産党やその軍事部門が影響力を失ったことはしばしば指摘されてきた。それらに代わって、政治の表舞台に立ったのが、広い意味での市民運動家、マルコスに迫害されてきた伝統的政治家、さらには民主化を後押しした教会である(Claudio 2013)。民主化以降のフィリピン政治分析の主流派は、伝統的政治家による「伝統的な政治」、すなわちパトロネージ政治や政治的暴力の復活を強調し、批判してきた(Anderson 1988)。確かに、権威主義体制以前に力のあった政治家一族の復権は事実であろう。また、1992年の大統領選挙では、社会民主主義者が支援したホビト・サロンガ上院議長(当時)とアキリノ・ピメンテル元内務自治大臣のコンビは敗北、上院に立候補したフロレンシオ・アバド元農地改革大臣も、苦杯をなめた。

 しかし、社会民主主義者は屈することなく、むしろ、コラソン・アキノ政権や選挙政治への関与を通じて、経験を積み重ねていった(Tolosa 2011)。例えば、社会民主主義者は、アキノ政権下で政策提言集イエローブックを作成するなどの経験を積んでいた(ただし提言自体は不採用)。アキノ政権の後を継いだフィデル・ラモス政権(1992-1998年)は、自由化改革を柱とする改革のための綱領「フィリピン2000」を策定したが、それと同時に社会民主主義者を中心に社会政策分野の改革を目指す「社会改革アジェンダ」が作られた。このアジェンダ作成で重要な役割を担ったのが、社会民主主義者のギン・デレスであったという。また、1992年選挙に敗れた後、アバドは米国ハーバード大学ケネディスクールに留学し、政策研究を修めた。1987年制憲議会の青年部門代表であったチト・ガスコンは英国ケンブリッジ大学法学部で法学博士号を取得した。このように、一部の社会民主主義者は、1990年代前半に一時は政治の表舞台から後退したものの、その間に国内外で研鑽を積んでいた。

 現アキノ政権では、このような社会民主主義者が要職を占めている。サロンガ自身は政界を引退したものの、彼が再興した自由党は、アキノ政権の中で確固とした地位を占めている。この自由党再興で汗をかいたのがアバドとガスコンであったことは、多くの現代フィリピン政治観察者が認めるところである(Tolosa 2011)。ピメンテルも同じく政界を引退したものの、選挙基盤を引き継いだココ・ピメンテルは、アロヨ派のフアン・ズビリと熾烈な選挙戦を争う自由党の上院議員である。政権発足後、アバドは、予算管理大臣として政権の核を支えているし、ガスコンは大統領府で和平問題や人権問題に尽力している。ラモス政権期に社会改革アジェンダの取りまとめに尽力したギン・デレスは和平交渉担当大統領顧問として、モロ民族解放戦線との「枠組み合意」の成立に尽力した。

おわりに

 アキノ大統領は、しばしば「何もしない大統領」と批判されてきた。しかし、本稿で整理したような社会政策や社会民主主義者の活躍を考慮すれば、アキノ政権の関心の所在が明らかになる。アキノ政権は、汚職追及については相当の政治的資源をつぎ込んできた。社会政策の分野では、政治的に困難な意思決定を明確に行ってきた。また、社会政策が政府による再配分に関する政策分野である。その意味で、社会政策改革は、政治家個人に依拠した再配分であるパトロネージ政治とは異なる政治を目指していることがわかる。アキノ政権は、これまでのフィリピン政治で横行してきたパトロネージ政治とは異なる政治の在り方を模索しているとも考えられる。社会政策の推進と社会民主主義者の活躍は、政策と権力闘争の絡み合ったフィリピン政治のもう一つの側面という見方もできるであろう。

参照文献

Anderson, Benedict. 1988. Cacique democracy in the Philippines: Origins and dreams. New Left Review 169: 3-31.

Claudio, Lisandro E. 2013. Taming People’s Power: The EDSA Revolutions and their Contradictions. Quezon City: ADMU Press.

David, Randy. 2014. In defense of politics. Philippine Daily Inquirer, 16 Nov. Online, http://opinion.inquirer.net/80175/in-defense-of-politics, accessed 20 Nov. 2014.

Tolosa, Benjamin T. ed. 2011. Socdem: Filipino Social Democracy in a Time of Turmoil and Transition, 1965-1995. Manila: Friedrich Ebert Stiftung.