「勤勉革命」は家事労働を減らしたか?

谷本雅之

 

    第2次世界大戦前の日本の農家経済調査には、農家成員毎の労働時間として、農作業や諸種の副業に加えて、「家事」時間が記載されていることが多い。1920年代以降の、農商務省や京都帝国大学による体系的な調査がそうであるし、市町村レベルの農会が1900年前後に行った臨時的な調査にも、「家事」への目配りが見て取れる。筆者は近代日本の農村織物業への関心からこれらの資料群を読み始めたが、織物関係の労働が専ら女性によって担われていた事実が明らかになるにつれ、同じく女性がその大半を担う「家事」の存在が気になってきた。「家事」は副業への労働投入にどのように影響するのだろうか。そもそも、「家事」は労働時間なのか、それとも「余暇」なのか。

    旧知の日本経済史家、Janet Hunter氏(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス)とPenelope Francks氏(リーズ大学)から、共同研究への参加を打診された時、まず頭に浮かんだのが、この問題だった。共同研究は「近代日本の消費史」をテーマとして掲げており、1980年代以降、おもに欧米を対象に多くの成果が輩出されたこの分野の研究が、こと日本史の領域では手薄であったことが研究史的背景となっている。その意味で、「家事労働」は必ずしも参加者間で共有される対象領域ではなかったが、筆者には、「消費史」の観点の導入が、かねてより気にかかっていた「家事」労働を世帯内に明確に位置づけるヒントとなることに気づかされる機会となった。その際、考察の枠組みとして念頭に上ったのが、前回の杉原コラムでも紹介されているJan de Vries氏の「勤勉革命論」である。

    2008年のde Vries氏の著作The Industrious Revolution: Consumer Behavior and the Household Economy 1650 to Presentは、世帯の効用水準は、財と家事労働の二つの要素投入によって生産されるZ財の量によって決まるとしたGary Becker流の家内生産論を下敷きに、家事労働投入に関する歴史的変遷を定式化している。18-19世紀のヨーロッパでは、アジア産の新たな消費財の登場などを背景に財市場からの購入量を増加させることが世帯の効用水準の上昇に直結した。そのため世帯は労働市場への労働供給を増加させ、「勤勉革命」と呼ばれるべき事態をもたらした。そこでは、家事労働は所得を得るための労働の増大によって切り詰められることが想定されている。それに対して、所得水準の上昇した19世紀後半以降は、「教育」や「衛生」など、世帯内での労働投入が要請されるZ財の需要が増えるため、むしろ家事労働投入が増加したことが指摘される。では果たして、「教育」や「衛生」が問題となる以前の日本の農家世帯や中下層の都市世帯―第2次世界大戦前は概ねそういってよいであろう―において、家事労働は切り詰められていたのか。冒頭の疑問になぞらえるならば、「家事」は農作業・副業労働の「余暇」になされていたのだろうか。

    2012年に刊行された論文集Penelope Francks and Janet Hunter eds. The Historical Consumer: Consumption and Everyday Life in Japan, 1850—2000, Palgrave Macmillanに筆者が寄稿した論稿では、暫定的ではあるが、二つの結果を提示した。一つは農家の家事労働時間は、一人当たりの消費支出が大きいほど長くなる傾向が見出されたことである。消費支出を財購入の多寡とすれば、財購入の増加は必ずしも家事労働の切り詰めに結びついていなかった。財購入と家事労働投入は「補完的」な関係にあり、先の「勤勉革命」論で示唆される、両者の「代替的」な関係とは、日本の事例は異なっていた可能性が浮かび上がってくる。もう一つのポイントは、世帯成員の中で、成人女性が多いほど、世帯あたりの家事労働時間が延びる方向が見て取れたことである。成人女性数の世帯間の大きな差異は、三世代同居世帯をライフサイクルに含む日本の世帯構造の特質が反映されていた。都市部を中心に家事使用人の雇用も少なくないが、たとえばイギリスに比べ、人口当たりの家事使用人数の絶対値は一人当たりGDPの水準を考慮しても大きく下回っていた。家事労働供給における女性家族成員の位置づけの大きさが伺われるのである。

    これらの言明が確定しうるかどうかは、データの問題もあって今後の検討に待つべき部分は大きい。しかし、上述の作業を通じて、家事労働需要の強度、そしてそれが充足される方法は、各国の事例に基づき具体的に検討されるべき問題であることが、はっきりしてきたように思う。日本の事例が、de Vries氏の定式化にうまく当てはまらないとすれば、家事サービスと財購入との代替可能性や、家事の担い手の選択問題―家族か家事使用人か―の決定には、所得水準や賃金水準のほかにも、考慮すべき要因が潜んでいることになる。一方で、家事使用人需要が、中国や東南アジア諸国において広範な国内・国際労働移動を引き起こしている昨今に鑑みて、家事労働の処理のされ方が、労働市場の展開如何と密接にかかわっていたことも明らかであろう。家事労働の歴史は、市場と非市場の接点を探る上で、格好のアリーナといえるのである。「家事労働の比較史」を構想することで、これらの問題群への更なるアプローチを試みたいと考えている。