勤勉革命論の国際的展開

杉原 薫

 

    私は2004年に書いた論文(「東アジアにおける勤勉革命径路の成立」)で、17-18世紀の中国の発展した地域でも「勤勉革命」が見られたと言えるのではないかと論じた。実証的に新しいことを言ったわけではないが、勤勉革命という用語を中国史に意識的に適用したという点では新しかったのではないかと思う。

    周知のように、「勤勉革命」という概念は、1979年に速水融氏が江戸時代の日本をイングランドと比較して提唱され、その後、土地が希少だった近世の日本には労働吸収の経験の量的質的な蓄積が見られ、それが明治の工業化を準備する「初期条件」となったという議論の文脈で使われてきた。私はこれを近現代史につなげ、労働集約的な技術や労働吸収的な制度の発達は、日本だけでなく、より一般的に東アジアや、その他の地域の工業化の特徴でもあると論じた。

    他方、Jan de Vries氏(カリフォルニア大学バークレー校)は1994年に勤勉革命という言葉をヨーロッパ史に適用して、独自の議論を展開してきた。かれは、近世の西ヨーロッパで、世帯を単位として見た消費行動がしだいに変化したことに着目し、自家消費用に作っていた必需品も含めて市場から購入し、そのためには女性も含めた世帯構成員がより多くの労働を所得の確保のために行うようになったこと、つまり消費が契機となって労働吸収が進んだ可能性を強調した。オランダの比較的商業化された地域の実証をベースにした議論だが、2008年に刊行された書物では、西ヨーロッパ全体でみても、実質賃金はそれほど上昇していないのに、市場経済化、都市化が大きく進展した要因として、世帯単位でみたときの市場への労働投入の増加が重要だったのではないかと指摘している。こうして、産業革命の前に勤勉革命があったという議論が東西で成立することになった。

    しかし、しばしば指摘されてきたように、速水氏以来の日本における研究史での用法と、de Vries氏の用法とのあいだには、変化の要因として供給側と需要側のどちらを強調するかなど、いくつかの点で大きな違いがあり、最近Australian Economic History Review誌上で行われた斎藤修氏とde Vries氏の意見交換やその後の両者の論考を見ても、なお共通の分析枠組にもとづいた理解が成立しているようには思えない。私は、Gareth Austin氏と編集したLabour-intensive Industrialization in Global History (2013年)において、de Vries氏と斎藤氏の論考も含め、労働集約型の経済発展の意義をグローバルに考えるための素材を1書に集めて対話を深化させようと試みたが、そこでの力点は、産業革命以降の工業化の普及に果たした労働集約型径路の重要性の同定にあった。近世世界史における労働吸収の比較史は、大島真理夫氏が編集された日本語の論集(『土地希少化と勤勉革命の比較史』2009年)が最近の成果で、国際的にもこれを大きく超える研究は見当たらない。

    そこで、新学術領域の経済史班では、昨年8月にカリフォルニア大学ロサンジェルス校のBin Wong氏を招き、この問題を集中的に議論する機会をもった。われわれの関心の焦点は、これまで日本とヨーロッパを中心に議論されてきた勤勉革命論に中国のケースを入れて考えると、どのような分析枠組の拡大・深化が可能になるかということであった。現在その成果を、Kaoru Sugihara and R. Bin Wong, “Industrious Revolutions in Early Modern World History” という論考にまとめつつある。この論文は、近く刊行されるCambridge World Historyの第7巻に収録される予定である。