近現代中国の経済統計と『アジア長期経済統計 3 中国巻』の刊行

近現代中国の経済統計と『アジア長期経済統計 3 中国巻』の刊行

信州大学人文学部
久保 亨

 

 十数年の歳月を費やし、2014年7月、『アジア長期経済統計 3 中国巻』(南亮進・牧野文夫編、東洋経済新報社刊、以下、「長期統計中国巻」と略)が刊行された。一部に過ぎないとはいえ、筆者自身も本書の原稿執筆に関わってきたため、感慨を覚える。このシリーズは、日本の長期経済統計をまとめた研究者らによって企画され、多くのアジア地域経済研究者や経済史研究者の協力によって推進されたものであり、国民経済計算の手法に拠ってアジア全域にわたる長期経済統計を編制しようとする野心的な試みであった。

 長期統計中国巻は、各分野別に20世紀初めから21世紀にかけての統計を網羅的に整理し、相互に関連づけ、中国経済の全体像を歴史的に描き出している。統計、各種の推計作業、その典拠などを説明した本文に加え、その基礎となった諸論稿もCD-ROM版で収録されており、あらゆる領域において今後の中国近現代経済史研究の基礎を築いたものといえる。中国においても、後述する『中国国民所得』を唯一の例外として、これほどの体系性を備えた作業は、試みられてこなかった。

 長期統計中国巻によれば、1932~36年に年平均2.10%の成長率を示し499億元に達した中国のGDPは、日中戦争が勃発した1937年に落ち込み、1940年まではほぼ横ばい状態で推移した(1952年参照価格表示、以下同様)。その後、1941年から1951年まではデータを作成できない状態が続くが、1952年には679億元に上昇しており、この間に相当の経済成長があった可能性が示されている。その後、いわゆる計画経済期を中心にした1952~78年のGDP成長率は5.65%、市場経済移行期に当たる1978~2010年は8.67%というのが同書の示す数値である。一方、人口増が影響する1人当たりGDPの推移は、以上の数値より低い値となる。

 長期統計中国巻がカバーする範囲は、基本的に2013年現在、中華人民共和国が領土と主張している範囲で、台湾、香港、澳門(マカオ)を除いた領域である。台湾は、1945年から49年までの短い期間を除き、1895年の日清講和条約以降現在に至るまで中国大陸から切り離され独自の経済発展をたどってきており、ほとんどの経済統計が別個に作成されてきた。そのためアジア長期経済統計のシリーズでも別個に溝口敏行編著[2008]が刊行されている。香港の経済統計については、さしあたり香港政府のCensus & Statistics Dept.(香港政府統計處)の編制した統計が手がかりになるであろう。

 なお1905年の日露講和条約以降、関東州などに日本の租借地がおかれ、1931年末から1945年8月まで日本の占領下におかれた東北地域(満洲)でも、多くの経済統計が独自に作成されていたため、長期統計中国巻の第9章は、戦前期の満洲経済統計の整理と検討にあてられた。

 近現代の中国経済を統計的に把握するのは容易なことではない。その中にあって貴重な存在が、19世紀半ば以降、各開港都市に置かれた海関(日本語の税関に相当)が外国人総税務司の指揮の下で作成していた詳細な貿易統計であった。しかし、その他の政府機構が経済統計の作成をめざすのは、清朝政府農工商部による統計表(1907-1908年)、同郵伝部による鉄道統計・郵便統計、中華民国北京政府農商部による農商統計(1914-1924年)など、20世紀初めになってからのことであり、その多くは信頼性に乏しいものであった。

 そうした状況は、1920年代から1930年代にかけ、大きく変わり始める。物価統計、金融統計などの整備が進むとともに、中華民国国民政府の国防設計委員会が中国経済研究所に委託して実施した全国的な工業調査(1933年)や農林部中央農業実験所が実施した農産物生産量調査(1933年開始)などによって、ある程度信頼し得る工業統計や農業統計も整備されるようになった。こうした成果を総合した金字塔が、1933年の国民経済計算を示した巫宝三編『中国国民所得』(1947年)である。中国政府による調査を拒んだ外資系工場の数値や日本の占領下にあった東北の数値も種々の情報によって補い、手工業部門についても可能な限りの推計を試み、本書は中国経済の全貌を初めて統計的に描き出した。その価値は、刊行以来60年以上を経た2011年に、中国大陸で本書がそのまま再刊されたことにもよく示されている。

 経済統計の作成にとって、それを支える人材養成と学術研究体制の充実は、欠くべからざる基礎的条件であった。この時期、欧米や日本の統計学教科書が次々に翻訳され、金陵大学、南開大学などで統計学を専攻する学生が育てられ、1930年には中国経済学社という専門の学会も政府の肝いりで誕生している。

 1949年に成立した中華人民共和国も、当初は、20世紀前半の成果と人材を引き継ぎ、経済統計の作成に真剣に取り組んだ。しかし1950年代末の「大躍進」運動は、各地の地方政府と共産党組織が過大な生産業績を競いあうものとなり、政治的圧力を受けた統計部門は機能マヒに陥る。1960年代から70年代にかけての「文化大革命」期にも、同様な事態がさらに大規模な形で再現され、国家統計局の業務の多くも中断した。計画経済期の経済計画は、実は統計的根拠に乏しい期待の表明でしかなかった。ある程度信頼し得る全国統計が『中国統計年鑑』によって毎年発表されるようになるのは、1980年代以降である。

 長期統計中国巻は、以上のような過去の研究成果を全て吸収し、整理して作成された。今後、推計・整理作業の妥当性に関する検討を進めながら、さまざまな分野で活用されることが期待される。