韓国ナショナリズムの行方:単一民族国家から多文化主義へ?(2)

(1)より続く

 

韓国ナショナリズムの行方:単一民族国家から多文化主義へ?(2)

磯崎典世(学習院大学教授)

 

    社会の変化をもたらした要因として、経済発展に伴う外国人労働者の流入がある。元来、韓国は外国人労働者を公式には受け入れていなかったが、88年のソウルオリンピック、90年代の大規模住宅建設計画などで国内の単純労働力需要が拡大し、外国人労働者の流入が急増した。そうした現実に対応して、政府は日本の制度をモデルに「産業研修生制度」を導入し、研修生という身分で外国人労働者を一定期間就業させるようになった。しかし、裏口入学のような受け入れは、劣悪な条件で働く外国人労働者を増加させるだけで、市民運動などからの抗議を招いた。通貨危機後に政権交代で登場した金大中政権は、こうした外国人労働者の人権擁護と市場原理を重視した構造改革という2つの課題に、外国人労働者を正式に受け入れて権利を保障する方向で対応する方向性を提示し、次の盧武鉉政権が2003年に「雇用許可制」へと転換して外国人労働者を公式に認めた。日本をモデルに対応していた韓国が、移民受け入れに一歩踏み出したのである。

    さらにリベラル政権は、権利尊重の観点から定住外国人への地方参政権付与を推進し、2005年には、永住資格を得てから3年以上の定住外国人に地方参政権が付与された[i]。これはリベラルな政権の支持基盤拡大政策であって、野党の保守政党にとっては警戒すべき内容であったが、この制度によって参政権が与えられる定住外国人はごく少数で、さほど大きな争点にはならず制度が導入された。つまりこの制度は、公式受け入れで増加する移民層に地方参政権が認めるものではなかったが故に、保守層の反発も小さかったと言える。

    他方で、2000年代になり、「結婚移民」という別の形態の移民も増加した。「農家の嫁」不足が深刻化するなかで、東南アジアからの花嫁を斡旋する業者が活動を始め、ベトナム・フィリピン・インドネシアなどから韓国に渡ってくることとなったのだ。統計庁によると1994年までは年間7000件以下だった国際結婚は、95年に1万件程度、2003年からは2万件以上、2005年に4万2356件を記録した後は3万件前後となっている[ii]。データからも、韓国人男性と東南アジア系女性の結婚の急増が顕著である。当初は、ほとんど言葉もできず、実情を知らないまま農家に嫁いだ外国人女性が逃げ出すなどの問題がクローズアップされたが、時間の経過に従い、このような国際結婚で生まれた子供たちに対する韓国社会の偏見や差別が、社会問題として取り上げられるようになった。日本以上に少子化が急激に進み、危機感が深刻になることも相まって、こうした国際結婚による移民が韓国社会に定着し、子供を育てていくことを支援する必要性が論じられるようになった。こうした結婚移民は、政治的に重要な存在であった。移民女性は韓国人男性と結婚していることで永住権獲得や帰化申請の条件が緩和されるし、その子供の大半は韓国籍を選択すると考えられ、潜在的な有権者と想定されるからだ。

    こうした背景で、10年ぶりの与野党交代によって執権した保守政権は、グローバル時代への改革者として自らを位置づけ、かつ、潜在的な有権者を支持基盤に取り込むべく「多文化主義」政策を前面に打ち出したのである。

    政策の中心となったのは、上記の二人が典型例とも言える、「多文化家族(国際結婚による家族のこと)支援」と「優秀な人材の韓国人化」であろう。イ・ジャスミンは「農家の嫁」ではなかったが、韓国人男性と結婚してフィリピンから渡韓し、帰化して韓国籍を取得した。「多文化家族」を紹介するテレビ番組への出演で注目されてタレントとなり、「多文化」のシンボルとして与党の国会議員候補に抜擢された。移民のサクセスストーリー、コリアンドリームの実現と言えるかも知れない。他方、2011年の国籍法改正で、優秀な人材確保のため、外国人を元の国籍を保持したまま韓国籍を与える二重国籍制度が導入された。上記のイン・ヨハン(延世大医学部教授・国際診療センター所長)は、長期にわたる医療奉仕活動が韓国の社会発展に貢献してきたと評価され、アメリカ市民権を保持したまま韓国籍が認められた「新たな時代の韓国人」となった。

    以上のように、90年代増加した外国人労働者をめぐって、98年から執権したリベラル政権は、市民運動や労働運動からの問題提起を背景に、移民受け入れの正式容認や地方参政権付与に取り組んだ。しかし、増加する移民労働者層と政治的権利を与えられた定住外国人は異なる存在で、政権は新たな政治的支持層を創出できたわけではなかった。それに対して、2008年から執権した保守政権は、新たに政治的な支持を獲得できそうな層にターゲットを合わせて権利を保障すると同時に、彼らを包摂する新しい韓国のナショナリズムを喚起しているのである。そこで想定している「われわれ」は、「四千年の歴史をもつ韓民族」から「他民族から構成される韓国人」に移っている。こうした保守政権の政治的なアピールに対しては、「韓民族の歴史と伝統」を重んじる層からの反発と同時に、リベラルな外見にもかかわらず実際は「韓国社会に貢献する移民」を統合しようとする選別主義だというリベラル層からの批判もなされている。

    このように保守政権の移民政策は政治的意図にもとづいて展開されていると言えるが、他方で、例えば、統計庁のブログは「韓国の経済活動人口(15~64歳)を最大水準(3660万名)で維持しようとすると、2020~2050年の間に毎年213,000名の外国人労働者が必要」とする国連算出の数字を提示しながら、彼らが韓国に定着し二世を育てて生活していく状況にいかに対処するかという問題を提起して、対応への遅れを指摘している[iii]。政府のなかにも、単純労働の移民を排除して韓国社会は成立しないだろうという現実認識と、そうした移民の定住に備えた対策の遅れに対する危機感が明確に存在しているのである。

    現在の多文化政策の推進が、ナショナリズム内実の変化をもたらすのか、今の段階ではわからない。しかし、こうした政策推進の背景にあるヒトの流れはとめようがなく、それに伴う社会の変化に政治が対応しようとしているのは事実である。少なくとも、韓国を「単一民族のナショナリズム」というイメージで捉えていると、現実の変化を見落としてしまうことは間違いないであろう。


[i] 金大中・盧武鉉政権の外国人地方参政権推進の背景に、日本でのこの問題の議論との関係もあった。この点を明らかにした論文として、木村幹「外国人参政権を推進する「ナショナル・ポピュリズム」-盧武鉉政権下の韓国の事例から-」河原祐馬他『移民と政治-ナショナル・ポピュリズムの国際比較』(昭和堂、2011年)。

[ii] 統計庁http://kostat.go.kr/ のデータベースによる。

[iii] 統計庁ブログhttp://hikostat.kr/2176