韓国ナショナリズムの行方:単一民族国家から多文化主義へ?(1)

韓国ナショナリズムの行方:単一民族国家から多文化主義へ?(1)

磯崎典世(学習院大学教授)

 

    韓国の特徴として「強いナショナリズム」が挙げられることが多い。例えば従軍慰安婦問題でも、多くの国民が当事者のハルモニ達の被害を自分たち国民全体の問題として捉え、相手国政府を批判し責任を追及する、そうした激しい怒りの噴出に強いナショナリズムを感じるのであろう。最近の日本では「韓国=反日」のように取り上げられるが、2000年代は韓国の大規模な「反米」運動が注目されていた。その際契機になったのは、在韓米軍の装甲車による女子中学生轢死事件であった。

    B. アンダーソンは、ナショナリズムの基盤となる「ネイション」を、イメージとして心に描かれた「想像の共同体」として捉え、政治共同体をささえる「われわれ」という帰属意識がいかに生じるのかに着目し、ナショナリズムを考察した。つまり、韓国は「われわれ」意識が強いのであろう。ところで、この「われわれ」意識は、国家領域全体に拡がることもあれば、スコットランドやバスクのように一部地域で生じることもある。一つの民族だけで構成されているとも限らない。「ネイション」の訳語が、「国民」となったり「民族」となったりするのもそのためだ。

    しかし韓国における「われわれ」意識は、元来、韓国という国家が支配している領域を超えて存在する「民族」への帰属意識としても提示されてきた。四千年の歴史をもつ「われわれ韓民族」が、民族分断の悲劇によって成立した国家を超え、半島全体に存在しているのだ。韓国という「国家」の正統性を強調する際も、大韓民国こそが民族の正統な国家ということになる(このレトリックは北朝鮮に典型的であるが、それと対抗する韓国も同じ枠組みで正統性を争ってきたと言える)。そして、このような自己認識は、韓国は単一民族国家であるという解釈に繋がる。87年に改正された大韓民国憲法の前文の「悠久の歴史と伝統に輝く我々大韓国民は、…(中略)…祖国の民主改革と平和的統一の使命に立脚して、正義、人道及び同胞愛により民族の団結を強固にし」という文章も、こうした認識の現れであろう。さらに、韓国の国籍法は日本と同様に血統主義を採用し、父親か母親が韓国籍の場合にのみ(97年までは、父親が韓国籍の場合のみ)国籍取得できる制度で、「われわれ」を代々維持できるような制度となっていた。こうして、韓国のナショナリズムを考える際、(分断された)単一民族から成る国家という点が理解の糸口とされてきた。

    しかしながら、単一民族国家・韓国という捉え方は、もはや過去のものとなりつつある。2008年、10年ぶりに保守が政権を奪還して成立した李明博政権は、多文化主義を前面に掲げた政策を打ち出して、移民への対応を政治アジェンダとして焦点化した。このころから、TVでも一見して人種の異なる子供たちが登場して「多文化・韓国」を掲げた政府キャンペーンCFを見かけるようになったが、政治の場においては、2012年4月の総選挙が画期的だった。与党セヌリ党が比例名簿の上位にフィリピンから帰化したイ・ジャスミンを搭載し、初の移民女性国会議員が誕生したのだ。彼女は多文化政策推進の象徴として、同年12月の大統領選挙でも与党・朴槿恵候補の応援にもしばしば登場した。さらに、朴槿恵候補陣営は選挙対策として「国民大統合」を掲げる委員会を設立、副委員長に「青い目の韓国人」イン・ヨハンを任命し、朴槿恵候補が「多文化・韓国」を推進する姿勢をアピールした。今や、保守政権が多民族からなる新たな「われわれ韓国人」を打ち出す状況になっているのだ。

    それにしても、なぜ保守政権が多文化主義を積極的に推進するようになったのか。多文化主義といえば、むしろリベラルな政治勢力が選択する政策ではないのか。この点を探るために、それに先立つ社会の変化や政権の対応を検討してみよう。

(2)に続く