代表者挨拶

白石 隆

 

   中国やインドをはじめとする新興国の経済的台頭により、世界的・地域的な富と力の分布が急速に変化しつつあります。これは世界経済に占める先進国と新興国経済のシェアを見ればあきらかで、1990年、2000年には65パーセント台だったG7の世界経済に占めるシェアは、2010年には50パーセント、2018年には43パーセントに低下すると予想され、一方、1990年、2000年に20パーセント台だった新興国(IMFの範疇ではemerging markets)のシェアは、2010年には35パーセント、2018年には44パーセントとなって、G7のシェアを凌駕すると予想されていることに見る通りです。では、新興国の台頭は世界の変容にとってどのような意義をもっているのでしょうか。いま、世界と地域の秩序は、どのように変容しているのでしょうか。また、新興国は、この21世紀のグローバル化、アメリカ化の時代、こうした急速な経済成長によって、政治的、社会的にどのような変化を経験しつつあるのでしょうか。

 本研究グループの第一の目的は、nation-building(国家建設・経済発展)と国家形成(state formation)を鍵概念として、長期の比較史的観点から新興国の政治経済システムについて、また近年の新興国のnation-building研究から国家形成のマクロ比較史について、再検討することにあります。

 国家形成のマクロ比較史的研究としては、Charles Tilly (Coercion, Capital, and European States), Bin Wong (China Transformed), James Mahony (Colonialism and Postcolonial Development), Jeffrey Herbst (States and Power in Africa)などの優れた研究があります。また、第二次大戦以降の東アジアのnation-building(国家建設・経済発展)については、チャルマーズ・ジョンソンを嚆矢とする一連の開発主義体制(developmental state)研究があり、最近では、Antoinette R. Raquiza (State Structure, Policy Formation, and Economic Development in Southeast Asia), Tuong Vu (Paths to Development in Asia)などに見る通り、こうしたアジアにおけるnation-buildingの問題をより長期の国家形成の文脈に戻して考察しようという試みも行われております。

 本研究グループでは、上に言及した研究者にも参加してもらうかたちで、力(power)がどう組織され、どう行使されるか、これを大きな問題関心としつつ、国家建設戦略と開発戦略の相互作用、国軍・官僚機構・政党の勢力配置とnation-buildingの関連性等、国家建設・経済発展の研究を推進するとともに、nation-buildingの政治経済学的研究と国家形成のマクロ比較史的研究の架橋を試みたいと考えております。また、これまでのごく限られた文献サーベイの印象では、たとえば、アフリカ研究の分野で、アジア研究の蓄積も踏まえ、知的にきわめて刺激的な比較研究が発表されているとの印象をもっております。こうした地域を超えた研究「対話」を推進することも、この研究グループの目的です。

 本研究グループの第二の目的は、新興国の台頭が世界秩序、地域秩序をいまどのように変容させつつたるか、またそうした研究の前提として、そもそも現在、アフリカ、中東、南アメリカ、東アジア等の「世界地域」において、地域は、どのような力(forces)の相互作用の上に、どのように組織されているか、これについてはすでに、Peter J. Katzenstein (A World of Regions)をはじめ、特に国際政治・国際関係論の分野で多くの研究がありますが、この問題についても、この21世紀のグローバル化・アメリカ化の時代における新興国の変容そのものを踏まえつつ、考察したいと考えております。(その一試論として、わたしとハウ・キャロラインの共著『中国は東アジアをどう変えているか』における「アングロ・チャイニーズ」論があります。)

 国家形成、nation-building、地域システムなどについて、研究テーマを厳しく限定し、狭く、深く、手堅く、研究したものは、日本語でも、英語でも、またそれ以外の言語でも、いくらでもあります。そういう研究も重要です。しかし、本研究グループでは、そういうタイプの研究は、期待しておりません。本研究グループでは、「新領域」の名にふさわしい、視野の広い、知的構えの大きい研究を、大いに期待しております。