地方分権という言葉の中には、権限や財源を地方に移譲し、これによって地域の特性に即した「まちづくり」が可能になるという期待が込められている。しかしながら、現実には、国は地方を補助金、許認可権、機関委任事務、地方事務官制、各種通達、といった手段を通じて様々な過程でコントロールしている。その力の源泉は、地方交付税、地方譲与税、国庫支出金、各種補助金などの、国から地方への財政移転にあるといっても過言ではない。(注1)地方分権を進めるためには、国の干渉を排除する大きな意味での“規制緩和”を推進することが必要欠くべからざる条件であり、国からの財政上の自立が必要である。
国から自立し地方の自主財源を拡大すると必然的に地域間格差が拡大する。(注2)県別で見ると、財政力が強いのは、東京をはじめとする大都市を含むごく少ない都県であり、財政の自立は、そのような大都市をより強大にし、いわゆる一極集中はさらに進むであろう。
集中は集積の利益をもたらす反面、地価高騰や混雑外部性の悪化をもたらす。しかし、適正な政策を講ずることにより、一極集中による弊害は取り除くことができる。(注3)地方交付税のような再分配政策を残すべきか、そうとすれば、どんな形で残すべきかについては、その原理を確立するためにも理論的な分析が必要となろう。
現状: 地方の歳入の主要項目として、地方税、地方交付税、地方譲与税、国庫支出金の4項目がある。地方税の主要な項目は、住民税、事業税と固定資産税などの土地にかかる税である。このように、地方税は地方の自立した税収であるが、それ以外の三項目は国から地方への財政移転であり、国がその配分をコントロールすることにより、地方を従属させる源泉となっている。
地方交付税は国税である所得税、法人税、酒税、消費税、たばこ税の各一定割合を、国の一般会計から地方団体へその財源不足額等に対応して交付される。その最大の問題は、基準財政需要額算定のための数値の決定権がすべて自治省官僚の手にゆだねられ、その決定過程が一般市民はもちろん自治体職員のほとんどが理解できないようなブラックボックスになっていることである。(注4)
地方譲与税、国庫支出金、地方債発行などについても、国はその課税権を武器として、地方に影響を与えている。そこで課税権を地方に移譲し、地方の自主財源を増やそうという改革が叫ばれている。
課税権限の地方への移譲: 所得税、消費税、法人税などの一部または全部を地方へ移譲することが考えられる。この場合税収はその地方の経済力により決まってくるため、地域間格差はなくならないどころか、かえって短期的には増大するであろう。(注5)ここで単純な計算をしてみよう。今仮に、所得税や消費税を地方に移譲して、現在の地方税以外の収入をこれらの地方所得税や地方消費税でからあげることを考えてみよう。(注6)そのためには、全国平均で、県民総生産の約7%を税収として徴収する必要がある。ちなみに、これは消費税率に換算すると約18%となる。(注7)この率で各県が課税収入をあげるとし、歳出については現在のレベルを保つとしよう。そのときの各県の財政収支が表の「収支1」という項目である。(注8)この収支は、地方政府の財源をすべて地方の自主財源とした状態と考えられ、独立国の財政のような、超地方分権的財政収支と考えられる。
また、地方交付税のみを全廃し、その代替物として地方消費税(または所得税)を当てるとすると、県民総生産の約2%を税金として徴収する必要がある。(注9)そのときの各県の財政収支が「収支2」である。この収支は、地方交付税分だけを自主財源により代替する案であり、最低でもこの程度の自主財源化は必要と思われる。この表からわかるように、自主財源化により利益を受ける県と損失を被る県の間には大変な格差がある。この格差は、地方交付税のみを代替する「収支2」においても割合こそ少ないが存在し、利益を受ける県と損失を被る県のパターンには大きな変化はない。(注10)
| 順位 | 県名 | 収支1 | %収支1 | 収支2 | %収支2 | 終始2の順位 |
| 1 | 神奈川 | 1,255 | 71.7 | 591 | 33.8 | 2 |
| 2 | 大阪 | 1,686 | 71.7 | 809 | 34.4 | 1 |
| 3 | 愛知 | 1,206 | 61.1 | 622 | 31.5 | 3 |
| 4 | 東京 | 3,319 | 47.7 | 1,743 | 25.1 | 4 |
| 5 | 埼玉 | 493 | 33.4 | 239 | 16.2 | 6 |
| 6 | 静岡 | 344 | 30.0 | 212 | 18.5 | 5 |
| 42 | 沖縄 | -271 | -48.4 | -123 | -21.9 | 40 |
| 43 | 秋田 | -331 | -50.2 | -154 | -23.3 | 42 |
| 44 | 鳥取 | -192 | -51.3 | -92 | -24.5 | 45 |
| 45 | 徳島 | -256 | -52.3 | -96 | -19.6 | 36 |
| 46 | 島根 | -329 | -60.2 | -139 | -25.4 | 47 |
| 47 | 高知 | -344 | -62.1 | -136 | -24.5 | 46 |
(単位10億円)
『地方財政統計年報』 の数字を使って計算。
また47都道府県の収支計算を見ると(ここには載っていないが)、ごく少ない大都市を抱えた県が黒字となり、ほとんどの県は赤字となる。すなわち、地方に課税権を移譲し、地方分権化を進めるならば、地域間格差は拡大するのである。(注11)
上で述べたように、何らかの形で財政の分権化が進むと、財政収支の地域間格差も増大する。これに加えて、首都圏と近畿圏の公共投資の生産性は他の地域より大きいという研究結果もある。(注12)とすれば、日本経済全体の効率性の観点からすると、東京を中心とする首都圏に積極的に投資を行うことが望ましい。また、都市圏における公共投資が、その波及効果を通じて、地方経済を活発にすると言う効果も忘れてはならない。首都圏・近畿権・東海地域への公共投資は、その地域に民間投資を誘発する効果も大きく、公共資本整備がさらなる一極集中を促進する可能性はさらに高まるであろう。
このような一極集中は悪であろうか。都市への集中はその集積のメリットを追求するために起こり、集積のメリットを最大限に享受するためには集中そのものを排除することは得策ではない。むしろ、集中から生ずる副作用を、適正な政策を使いコントロールできるならば、その方が望ましい。集中による副作用としては、地価の高騰による土地持ちとそうでないものの間の不公平の増大、人口増からくる混雑による外部不経済の発生などであろうが、これらには、税制やロードプライシングなどで十分に対応できる。
東京をはじめとする大都市の地価上昇によるキャピタルゲインに課税し、それを全国に分配することにより一極集中の成果を東京の地主から、そのほかの国民に分配できる。本来この機能は土地税である、土地保有税、譲渡所得税、固定資産税などがこの機能を担うべきであるが、それぞれに問題があり、十分な機能を発揮しているとはとてもいえない。(注13)
経済理論的には、地方政府は、公共財の最適供給をめざす経済単位であると定義できる。すなわち資源配分機能が地方政府の役割の中心となる。分権的システムの優位性を主張するには、それが地方公共財の最適供給に不可欠なことを明らかにしなければならない。基本的な仮定は住民の異質性により説明される情報の非対称性にあり、中央政府は、様々な地域の住民の選好について、不正確な情報しかもっておらず、地方政府の方がより細かな情報をもつため、分権的システムによる地域公共財の供給の方がより最適に近づくことが論ぜられる。公共財には、その便益の波及度合いに応じて、様々なものが考えられるが、全国的な純粋公共財(たとえば国際ハブ空港など)規模の経済の利益が大きく、国が供給すべきであろう。その他の地方公共財においてもその波及効果の程度はさまざまであろう。その場合にも、規模の経済性による利点と分権化による利益との比較がなされなくてはならない。
このような観点から、井堀(1996)は理論分析を行い、次のような注目すべき結論を出している。各地方で効用水準を上昇させる最も有効な方法は、行政改革や規制の緩和により、各地域で公共財を生産する政府の生産性を上昇させ、各地域での行政効率の上昇、公共調達方式の改善による費用低下をはかることである。また、地域間の所得格差に対して所得を再配分して効用格差を是正しようとするのは、公共財の地域間での波及効果や人口移動が多少でもある世界では、必ずしも有益ではない。すなわち、地方交付税のような所得再配分は望ましくはなく、国庫支出金のような公共財の外部効果を補正できる政策の方が望ましい結果をもたらすとしている。
今後このような理論的な分析が、さらに必要と思われる。
地方分権の推進のためには、財政の規制緩和、すなわち地方政府の自主財源を使った財政運営が必要不可欠である。すると、その財政力の格差のため地域間格差は短期的には拡大し、さらなる一極集中が起こる。しかし、集中のメリットを生かし、デメリットを政策的にコントロールするならば集中の利益を日本全国で享受することができる。地方分権推進のためにはこのような短期的な地域間格差の拡大は、割り切って進むことが必要であろう。また、そうすることが、日本全体の活性化につながり、長期的には地域間格差も縮小すると考えられる。
注1: 現在、地方にとって主要な自主財源は地方税であるが、地方税総額の総歳入に占める割合は約40%であり、国からの支出移転+地方債(地方譲与税+地方交付税+国庫支出金+地方債)は約53%となっており、地方は財政面から国に大きく依存している。『図説日本の財政』1996注2:財政力を県別で見るために、「地方税」税収の歳入に占める割合を見ると、多い県は60%を越えるが、少ない県は10%を越える程度、国からの移転については、少ない県で20%台、多い県では70%を越えて80%近くになっている。このように財源調達能力には著しい地域間格差がみられる。
注3:混雑外部性への対策は八田・田渕(1992)を見よ。
注4:重森 1996、 p167
注5:たとえば、所得税の全面移譲案は吉岡・和田(1975)、和田(1993)により提案されている。また、所得税と住民税を統合して共通化する案は重森(1996)により提案されている。
注6:すなわち地方交付税+地方譲与税+国庫支出金+その他の収入分に当たる部分を新たな独立財源で賄うことを意味する。
注7:現在国税である消費税収の国内総生産に対する割合は、平成5年6年の平均で1.18%である。このときの消費税率は3%であるので、消費税率1%がGDPの0.393%に対応する。逆にGDPの1%の税収をあげるためには消費税率に換算して2.54%必要である。
注8:表はスペースの都合で「%収支1」で見た上位6県と下位6県だけを示した。
注9:このときの税率は、消費税換算で約5%である。
注10:法人事業税は地域間の税収格差が大きいといわれているが、これを地方税から除き、上のように地方消費税などで確保しようとしても、このパターンに大きな変化は起こらない。注11:これは、どのような税を導入するかにより多少は変化するが、大勢は同じである。
注12:吉野・中野(1994)
注13:この点については、大竹(1992)がうまくまとめている。
井堀利宏 「国と地方の分担システム:理論分析」『フィナンシャル・レビュー』大蔵省財政金融研究所、1996
大蔵省主税局調査課長編 『図説日本の税制』財経詳報社 1996
大竹文雄 「地価上昇と資産格差」 八田達夫編 『東京一極集中の経済分析』 日本経済新聞社 1992
重森 暁 『地方分権:どう実現するか』丸善ライブラリー1996
自治省編 『地方財政白書』 平成7年版
(財)地方財務協会 『地方財政統計年報』 平成6年版
田村義雄編 『図説日本の財政:平成8年度版』東洋経済 1996
八田達夫・田渕隆俊 「東京一極集中の諸要因と対策」 八田達夫編 『東京一極集中の経済分析』 日本経済新聞社 1992
和田八束 『地方分権化と地方財政』日本評論社1993
吉岡健次・和田八束 『現代地方財政論』有斐閣 1975
吉野直行・中野英夫 「首都圏への公共投資配分」 八田達夫編 『東京一極集中の経済分析』 日本経済新聞社 1992