松山 幸雄(まつやま ゆきお)〔元朝日新聞アメリカ総局長、論説主幹〕 | ||||||||
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【インタヴュー内容】
松山幸雄氏は、1930年に東京に生まれる。1953年に東京大学法学部を卒業し、朝日新聞に入社した。長野支局、政治部などで記者生活を送った後、1961年にワシントン特派員として渡米する。以後、1971年にニューヨーク支局長、1974年からアメリカ総局長を歴任、本社においては論説委員、編集委員などを経て、論説主幹を務める。
朝日新聞退任後は、ハーヴァード大学客員研究員、共立女子大学教授などを務める傍ら、オピニオン・リーダーとして、執筆、講演などに幅広く活躍している。
松山氏とのインタヴューは、日米関係をテーマとしたオーラルヒストリーの一環として、戦後の日米関係のフロントラインでジャーナリストとして活躍した同氏の職業史に焦点を当てたものである。日本の高度経済成長は、日米関係の性格を短期間に大きく変化させた。松山氏の特派員としての米国での取材、報道、生活にも、そうした日米関係の変化、米国における日本メディアの存在感の増大が反映していることがうかがえる。
松山氏は、また米国で積極的に講演活動を行ない、日米比較文化論などをテーマとして多くの著書を執筆している。日米両国でオピニオン・リーダーとしての定評を確立した日本人ジャーナリストのパイオニアの一人である。インタヴューでは、ロッキード事件を始めとして氏が関わった戦後の日米関係、国際関係の主要な出来事、さらに、日米双方の政治家、官僚、外交官、知識人、芸術家にスポーツ選手といった多彩な顔ぶれとの交流が語られる。同時に、氏のインタヴューは、新聞社の社論の作られ方から、人事、経営といった側面にも及んでおり、普段外部からは窺い知ることの出来ない企業としての新聞社を知る手がかりも提供されている。
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【主要参考文献】
松山幸雄『日本診断』(朝日新聞社 1981年)
松山幸雄『勉縮のすすめ』(朝日新聞社 1981年)
松山幸雄『国際対話の時代』(朝日新聞社 1989年)
松山幸雄『ビフテキと茶碗蒸−体験的日米比較文化論』(暮らしの手帖社 1996年)
松山幸雄『自由と節度』(岩波書店 2001年)
その他著書多数。
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