渋沢 雅英(しぶさわ まさひで)

〔渋沢栄一記念財団理事長〕

インタヴュー期間2003年7月8日〜2003年10月29日(全4回)
インタヴュアー伊藤隆、武田知己、佐藤純子、木全ミツ
場所東京女学館
キーワードMRA運動、MRAハウス、東京女学館、渋沢栄一記念財団、渋沢敬三
【インタヴュー内容】
渋沢雅英氏は、1925年、渋沢子爵家の嫡男としてロンドンで生まれた。父は渋沢敬三(後の日銀総裁、大蔵大臣)、母は木内重四郎・元京都府知事の娘(登喜子)であり、渋沢栄一と岩崎弥太郎は曽祖父にあたる。武蔵高等学校在学中の1944年10月に前橋陸軍予備士官学校に入学、のちに歩兵通信隊に配属された。陸軍少尉で除隊後は東京大学農学部に復学した。1950年に東大を卒業し、当時の東京食品(現・東食)に就職した。1956年、渋沢氏は東食駐在員としてロンドンに赴任し、MRA(Moral Re-Armament:道徳再武装運動)提唱者であるフランク・ブックマンと出会う。約一年後、東食を退職し、アメリカのマキノ島を拠点とするMRA活動に専念した。渋沢氏が帰国したのは、六〇年安保の頃である。当時、東京のMRAハウスは自民、社会両党議員の交流を促進する場という役割があった。また、この頃から十河信二・国鉄総裁を中心にMRAアジアセンター(小田原)の建設が進められていく。これは日本をMRAのアジア拠点にすえることが目的であり、1962年にアジアセンターは開所した。
その後、渋沢氏はMRA アジアセンターで語学学校を経営、さらに国際セミナーの共同開催、日米欧委員会にも参加し、1982年には英国王立国際問題研究所客員研究員となる。この間、東南アジアをめぐる研究成果を出版し、アラスカ大学、ポートランド州立大学で教鞭をとった。渋沢氏が渋沢家本来の事業と関わるのは、東京女学館理事長に就任した1994年以降であり、既存の短期大学を四年制大学に改組する大学改革を行っている。現在は渋沢栄一記念財団理事長として、民族学研究家でもあった父、渋沢敬三の遺志を継ぎ文化事業を育成、日本実業史博物館、実業史研究センターの設立等データベースによる学問提供を試みている。
渋沢氏のオーラルヒストリーは、MRA運動、渋沢家とその事業について語られていることに特徴がある。MRA運動は、戦後の日本において、海外渡航手段の一つであり「外国への窓」としての存在価値があった。また、MRAには労働争議解決やアジア諸国との和解手段という役割もあった。渋沢氏が、日本のMRA推進者である相馬雪香や一万田尚登らと相違しているのは、MRA運動に関わったのがサンフランシスコ講和後であり、ロンドンで活動に参加しはじめた点である。MRA自体はブックマン死後(1961年)衰退し各国で分派するが、渋沢氏はMRAに意思決定機関が存在しないことが強みであったと同時に、官僚化した組織のない点が弱みであると指摘している。MRAに関する文献には、『日本の進路を決めた10年』等があるが、本オーラルヒストリーにより、実態の把握が困難であったMRAの活動が詳細に証言された。
また渋沢家とその事業については、財閥解体前後の渋沢同族会社(渋沢財閥)、渋沢一族各家の長男で構成する渋沢同族会のことが詳しく、現在理事長を務める渋沢財団の実業史博物館構想も語られている。冊子巻末には、渋沢敬三が構想した「一つの提案」と、渋沢財団による「実業史研究情報センター設立趣意書(案)」を資料として掲載した。
【主要参考文献】
渋沢雅英『革命のデザイン−新しい世界への歩み』(角川書店 1965年)
渋沢雅英『革命のデザイン−東京から北京へ』(春秋社 1966年)
渋沢雅英『父・渋沢敬三』(実業之日本社 1966年)
渋沢雅英『太平洋にかける橋−渋沢栄一の生涯−』(読売新聞社 1970年)
渋沢雅英・斎藤志郎編『東南アジアの日本批判−アジアのなかの日本問題とは何か−』(サイマル出版会 1974年)
渋沢雅英『日本を見つめる東南アジア−新しい道をさぐるアセアン−』(サイマル出版会 1977年)
タウフィック・アブドゥラ編 渋沢雅英・土屋健治訳『真実のインドネシア−建国の指導者たち−』(サイマル出版会 1979年)
チャールス・E・モリソン著 渋沢雅英訳『東南アジア五つの国−その生存戦略−』(サイマル出版会 1981年)
Masahide Shibusawa『Japan and the Asian Pacific Region :Profile of Change』(Croom Helm, London, 1984)
渋沢雅英『日本はアジアか−変革の航路を求めて−』(サイマル出版会 1985年)
バーゼル・エントウィッセル著 藤田幸久訳『日本の進路を決めた10年−国境を超えた平和の架け橋−』(ジャパンタイムズ 1990年)
Masahide Shibusawa『Pacific Asia in the 1990s』(Rutledge, London, 1991)
渋沢雅英、ザカリア・ハジ・アハマド、ブライアン・ブリジェス他著 渋沢雅英訳『太平洋アジア−危険と希望−』(サイマル出版会 1991年)
東京女学館百年史編集室編『東京女学館百年史』(東京女学館 1991年)
渋沢敬三著 網野喜彦・渋沢雅英・二野瓶徳夫・速水融・山口和雄・山口徹編『渋沢敬三著作集』第一巻・第三巻・第五巻(平凡社 1992年)
渋沢登喜子著 渋沢雅英編著『遥かな国遠い昔−遺稿−』(創英出版 1994年)
財団法人MRAハウス編「アジアセンターODAWARA40周年記念−戦後の日本とMRAの軌跡−」(財団法人MRAハウス 2002年)